旅行・地域
10月31日は霊場参りの日
のようです。
いつもこの時期、最上稲荷の1日市に行っていたけど、今年はサイクリングがてら三谷の霊場へ。
とはいうものの、霊場とは知らず、ただ沢山お地蔵さんがある場所としか認識しておらず、何となく気になってたので、前からちゃんと見たかった場所でしかありゃんした。
まずは、南の参道入口。
こちら側に駐車場がある。
ここは早島街道の唯一の峠にある。道すがら等間隔に点在する地蔵たちが古くからこの道が使われていたことを意味する。
しかし今は車の往来が激しく、ゴミが散在し、古来の赴きも霊場の神聖さも損なわれている。
こんな感じで、小さな祠や地蔵が点在。
池田何某法師が開いた霊場らしい。
元々は行き倒れた人たちを供養するために作ったようです。霊場らしく、参拝順路もあるよう。ただ、参拝路は獣道の如く。
私たちは逆から入ってきてしまったので、順路に気が付かなかったんだけど、上に昇る道が分かりにくくて、順路図を見ても登り口が分からない。よーく見たら、何となく道になってるような…。昇り口を見ただけで、この先の道の状況が想像できて、上のほうに行くのを止めた。全部で43ヶ所くらいあるみたい。
参拝に来る人は少ないようで、供えられた水入れが転がっていたり、花が枯れていたりと、少し寂しい感じ。
でも、このうら寂しさが、この霊場のチャームポイントとも言えるのではないだろうか?何かの邦画に使えそうな…。
薮蚊が酷く、かなり噛まれた。痒い。
実は霊水も湧いてたみたいで、こちらの看板の方が目立っていました。
で、こちらが霊水。上の写真の石碑の下にある蓋を開けると霊水がありました。
うーん虫がいる。あまり飲みたくないなあ…。
てか、湧いてんの?
微妙な霊水でした。
最後、一番お気に入りの写真を一枚。
霊場って感じする![]()
こちらが正規の入口側になります。
入口側は木立ちの中にあって、霊場らしい趣を持っていた。私らが入ってきた南の入口側は切りだった場所ながら、日当たりが良くて、畑の中の地蔵たちのように、穏やかである。
ここはとっても庶民的民俗的な霊場です。
神聖度は民俗レベル。
まあ、場は乱れていないが、四国のような修行には向かんかな。
鉄道の旅
10月11日。津山へ旅した。
メインは「美作河井駅」にある転車台。
サブメインは津山名物B級グルメ「ホルモンうどん」。
前日、考えあぐねた結果、電車で行くことに。
9時44分岡山発の津山線「快速ことぶき」
に乗り、2時間半の旅。単線の側を国道53号線が現われたり消えたりする。いつもは車から列車を眺めるのに、今日は逆の風景。いつもと違って面白い。
列車は快速なんだけど、ディーゼル車で単線でワンマンカーだ。快速なのに無人駅に止まったりもする。
単線だからすれ違いの為、駅で列車待ちすることもある。山間を走る為、急カーブに差し掛かると25km/hに落とすことも度々。ディーゼルの為、登りが少々キツイ。
そんなこんなでのんびりゆったりな旅である。
津山駅に着くとそこが津山線の終点で、因美線智頭駅行きに乗り換え何だけど、30分の連絡。駅のホームには待合の椅子があるだけで何も無い。自販機もトイレも改札内には無いのだ。
仕方なし。駅員に切符
を見せて外に出る。
そういえば、今月は「鉄道の日」とやらがあって、一日乗り放題の切符を売ってたなあ。でも思い出しのは津山駅で、ポスターには前日までに販売とある。昨日は夜まで悩んだからなあ…
か
に。
因美線智頭行きはスゴイ
ワンマンカーの一両列車
マニアらしき人たち3,4人が運転席付近を陣取り、カメラ![]()
を構えてる。車両のフロントはガラス張りで、線路が露わに見え、運転席も運転手が隠さなければ丸見えだ
この車両はまるでおもちゃの列車のようで、線路脇の草が車両を叩いている。そうだな、草原を走る列車だ。
まあ、そんなこんなで河井駅で降りること12時14分。当然無人駅。 
ただ、昔は転車台があったほどに、利用率が高かったようで、剥がされたレールと閉ざされた線路が過去の繁栄を物語り、現状を嘆いている。駅舎も駅員がいた頃の建物のままだ。
転車台はホームから見えるところにあるんだけど、そこへの行き方が分からない…。とりあえず、線路を突っ切って強行突破。駅より
1分。
転車台は静かに虚しく、寂しく佇んでいた。これ以外に駅には何も無い。
唯一その裏に「若宮神社」が堂々と森に建っているんだけど、駅に降りた人たちは誰もそちらへ進もうとしない。
1時間弱の帰りの列車まで時間を持て余した私たちは、若宮神社がある方へ足を伸ばしてみる。神社というか祠というような社が岩に張り付いていた。忘れられたお宮のようので、木漏れ日に揺れていた。
道は更に上に続いており、どうも山城へ向うようだったけど、帰りの列車に間に合いそうに無かったので辞めた。
転車台への正しい道を見つけ、帰りは正規の細道を戻った。
ホント駅周辺は民家しかない。1時間弱の滞在で充分だ。
山谷に列車の音が鳴り響き、帰りの時が来たことを知る。
13時20分、「美作河井駅」を去り、津山駅へ向う。
13時56分。お腹ペコペコの私たちは、降りて早速、ホルモンうどんを求め、津山の街へ繰り出す。当日は日曜だった為、営業している店が少ない。商店街近くの店では、そこに群がう観光客が行列をなしている。とても帰りの列車に間に合いそうに無い。帰り時間まで1時間以上あるというのに…![]()
仕方なく、パンフレットを頼りに駅前の日曜日も時々やっている店へ試しに行ってみた。おお、運良く開いていた。しかし、目印となる幟が無く、お巡りさんが二人ウロウロしている。
戸惑いながらも店に入る。店は焼肉屋さんなんだけど、津山は基本鉄板焼き。おばちゃんが目の前の鉄板でホルモンうどんを焼いてくれた。美味である
一人前850円にもう一玉加えると900円になるというのでそれを二人分、つまり4玉を焼いてもらった。何たる格安。 しかし、4玉中3分の2を相方が食べてしまった。相方はビール
も飲んで満腹満足のようだけど、私は微妙に物足りない…。
でも腹八分目が大事と自分に言い聞かせ我慢した。
食べてる間、お巡りさんが入ってきて、おばちゃんと幟について話始めた。どうやら悪い奴がお店の幟を寝ているうちに持っていってしまったらしい…Σ( ̄ロ ̄lll)
幟、どうすんの?津山市内じゃ使えないよね?津山市が作ってんだから。
ただ、おばちゃんとお巡りさんの会話が何とも面白い。おばちゃんは焼きうどんを作りながら、お巡りさんたちは使っていない鉄板の前に座りながら、何とも和やかに、穏やかに事件の詳細を問答してる。おばちゃんに緊迫感が全然無いもんだから、よーく聞いていないと日常会話かと思うくらい、のんびりしている。最終的に幟の色でお巡りさんとおばちゃんの意見が食い違う。おまわりさんが黄色系の幟のサイズを聞いたら、おばちゃんが「黄色じゃない、ピンクだ」と言い張り、もひとつ大きい幟を「赤だ」と言い切る。言い切られたお巡りさんは困惑。納得できず、近所の幟が取られていない店へ見に行ってしまった。
私たちも食べ終わり、駅の方へ向ってると、さっきのお巡りさんが近所の店の幟を一生懸命調べている。
そうして私たちが近付いてきたのに気が付くと「これ、何色に見える?」と幟を指差した。一つの幟はオレンジ色を背景にピンク色と茶色の文字で「ホルモンうどん」と描かれている。もう一つのほうは茶色ベースにピンクとオレンジの文字。おばさんの言い分は否定された。
色は人によって捉え方が変わるものかもしれないねえ…![]()
帰りの列車まで時間が小1時間あったから、街をブラブラした。でもこれが仇になった。
天満屋でアイスを食べ、お土産を見ている頃には3時半を過ぎていた…。出発は3時44分だ。
モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!
私たちは走った![]()
近いと思ってた道のりが遠く感じられ、運動不足の私の太股が段々上がらなくなっていく。
何とか間に合った私たちは激しく揺れる帰りの快速「ことぶき」に酔いながら、疲れた身体をシートにうずめた。
島旅 家島編
9月19、20日と姫路湾沖に浮かぶ家島本島へ行って来た
。
電車
とバス
を乗り継ぎ、姫路港より高速船「いえしま」
に乗り、30分ほどで船着場に到着。
この島は工業の島らしく、大型船が港中に立ち並び、ドッグもいたるところにある。ちょいとポニョに出てくる街のようだ。
島の外周をぐるりと走るメイン道路くらいしか車が走れる道が無い。他にもあるけど、軽
以外通れないと思う。
この町は、アジアです。ここは日本では無くアジアでした。大半の人々はバイク(スクーター)に跨り、島を跋扈してます。バイクを持ってない人や乗れない老人はアシスト付自転車
です。唯一子供と少数の老人のみが普通の自転車に跨ります。バイクは島の足です。一家に一台はスクーターがあるようで、駐車スペース
の少ないこの島は、駐車場の代わりに駐輪場が至る所にありました。そして、アジアと称した一番の理由が…、50ccだろうが125ccだろうが、2、3人跨っています。最高4人乗りを見ました。父ちゃんの前後に3人兄弟がしがみ付いてます…。あー、ヘルメット?ヘルメットは運転手が被ってれば良い方です。片手に赤ん坊を抱えてる父ちゃんがいれば、自転車用のを改造した風のチャイルドシートに赤ちゃんを座らせてる人もいました。驚いたことに、犬の散歩もスクーターのようで。犬も飼い主の足元に乗っていました。
残念ながら写真はありません。写真を撮ると、取り締まられてしまいそうなので辞めました。島だからできる交通ルールです。
しかもそういう路地は殆んど昔からある道なので、生活感と歴史感、つまり使い古された感じの趣きがあって、素晴らしい![]()
宿は高台にあって、部屋の窓からの眺めは最高!!
ご飯は魚尽くし
で食べきれません![]()
ただ、気になったのが、シルバーウィーク初日というのに、宿泊客は我らを含めて2組。しかも我々のみが食事付。どうもこの島は釣で有名らしくその人たちは釣った魚をどこかで食べたみたい。
泊まった宿「やま一」のお風呂は何故か半露天風呂
冬は屋根をしてしまうようだけど、浴槽の頭上に屋根が無い。ただ、温泉じゃないのが残念。あと、9月といえども夜は寒い。「8時までに入ってくれ」という注意事項も分からなくはなかった。
6畳の部屋に1泊2日朝夕2食付で一人1万円。これが高いか安いかは人それぞれだけど、この1万円がこの島の相場みたい。料理旅館みたいなところはこれよりもっと高いし、今回の宿も素泊まりは7千円くらいからだった。
島は自転車を借りることをお薦めする。家島は結構大きい。徒歩で歩き回った我々は今だ足が痛んでおります![]()
![]()
※島の様子は写真で見るのが一番。アルバムをアップするのでそちらでどうぞ。
6月14日の模様
1週間も経ってしまったが、写真を沢山撮っていたので、ここで漸く書き記すことにする。
去る14日、午後から建部町へ向かった
。目的は八幡温泉郷![]()
入浴料は400円! 安い![]()
お風呂は5種類くらいあって、熱い湯とぬるい湯、露天風呂など楽しめる。
ただ、女湯の洗い場が少し少ないので、人が多い時は、待たないといけないかも…。
今回は30分くらいしか入ってられなかった。
風呂上りは、火照った
体を鎮める為、ぷらぷら散策。
旭川の支流を渡り、対岸の福渡へ行き、そこの売店でヨーグルトを買って食べた。
この日は調子が良かったようで、大して気持ち悪くならなかった![]()
他にも2,3件入浴できるところがあるみたいだけど、この会館が一番安いようだ。
今度はチャリ
で来てもいいかもね。
第4回日本一周チャリの旅 3日目
三日目。
そろそろ疲れが身体に出だした朝。
それでも7時には起床![]()
「グランプラザ中津ホテル」は前日の宿と違い、朝食が豪華だ
まあ、昨日は無料だったけど、今日は945円も払ってるんだから、当たり前っちゃー当たり前…。ホテルではもう当然となったビュッフェ形式のお陰で、お腹いっぱい食べちゃいました。
朝9時にはホテルをチェックアウト。
そうそう、このホテルでブレスレットをなくしてしまっていた…。昨日、ホテルの部屋に入った時、外したのは覚えてるんだけど、その後どうしたか記憶がない…。相方とお揃いで作ったお手製のブレスレットだったんだけど…。
でもまあ、自分で作った奴だから、諦めもついたけど…。
ということで、手首
空しく出発。
今朝はどんより曇り空
天気予報は午後には雨が降り出すと伝えていた。合羽を用意してなかった私達は、出発直後に開いていたあの「トライアル」で合羽を購入。そうして漸く本当に出発したのでした。
国道213号線を下る。道の両端はマッタリ田舎景色。
宇佐市に入ったところで、10号線と合流。宇佐市はやたらと古墳が多く、後ろ髪を引かれる思いで走りつつけた
。
駅館川を超えるといきなり峠道、次第に宇佐神宮の看板が出てくる。どうやら「宇佐」といえばこの神宮らしく、かなり大きいようで、ここだけは行って見ることにした。途中10号線に沿っている旧街道に移り、長ーい参道を通って宇佐神宮に向かった。2キロ先からでも鳥居が見えるくらいまっすぐな参道である。
大きな鳥居に近づくと「呉橋」という屋根のある橋が。説明看板をみると江戸期末期ごろの物らしく、昔はこちらが表参道だったこと、今は西参道と
呼ばれていることが書いてあった。呉橋は通ることができなくなっていたんで、横にかかっているコンクリート橋を渡って、境内に入った。外から見ても大きな森。中に入ると重鎮の杜が、天気のせいかやたらとどんより鬱蒼としていた。
不気味な「祓い処」。
大木に囲まれた階段。
説明によるとこの「宇佐神宮」は全国八幡神社の総本山らしい。
本殿に到着した頃、遂に雨が降り出した
。
雨の中、本日神前式を行った和装の新郎新婦+親族たちが出てきた。生憎の雨だけど、こんな大きな神宮で結婚式っていうのも羨ましい限りだ…。
参拝もそこそこに屋根の下に逃げ込み、合羽を取り出す。屋根あるところはどうも廊下でもあるようだ。廊下の壁に四角い穴が空けられていて、そこからこの神宮の本山が見える。
残念ながら、この辺りからカメラの電池が切れてしまい、こっから先画像を残すことが出来なかった…。残念![]()
雨は本格的になり、合羽を着て、神社に来たらお決まりのお守りを買い、本殿を後にした。
境内には沢山の分社や別宮などがあり、出来れば大まかでも参拝して回りたかったんだけど、雨と先もあることを考え、退散することにした。
来た道を戻っていると、ケイタイ
が鳴った。発信先は妹からだ。出ると義弟だった。
義弟は、
今(私たちの)親が明日のバーベキューのために県内中を回って食材を集めている。何か申し訳なくって、恐縮するし、ボク一人じゃ心もとないから、(私の)相方にも(私の実家に)来て欲しい。
というようなことを訴えてきた。そういえば数日前、姉から「父が皆でバーベキューしたいから帰りに寄れんか」と言ってると電話してきていたけど、「無理!!」と即答していた。
とりあえず、これから走り出すし、お昼休憩の時までに考えるから、時間をくれと言って、電話を切った。
私達は話し合いながらも、自転車のところに戻り、雨の中出発した。西口から今の表参道の方に回る頃、街中に12時のサイレンが鳴り響いた。表参道の周りにはお土産屋さんがいっぱい並んでいる。勿論食べ物屋さんも…。でも出発したてでもう止まるのもどうかと思い、思いを残しつつ先へと進む。
国道10号線が213号線と分かれると、豊前街道という名前に変わり、7,8キロ続く上り坂となった。もう話し合いどころじゃありません。
ひぃひぃふぅふぅ
(A;´・ω・)アセアセ
言いながら立石峠を登っていく。
立石峠は自体は山と山に挟まれた何もない峠で、道路下にあるトンネルをくぐる線路を見ることが出来るくらいしか見ものはない。
幸い、100m先に飲食店が見えた。
もう有無を言わさず、この店に入り、私はうなぎ定食、相方はとんかつ定食
を頼んだ。
長い上り坂という少しハードな運動をしたせいか、身体の筋肉が微妙に揺れている。食事をし終わると、幾分身体も呼吸も落ち着いた。疲れからか、それとも本当に美味しいからか、味は最高だった
店は繁盛してるらしく、地元民と思しき人たちも見られた。
ここで、私達は先ほどの答えを出した。やはり無理だと…。疲れはピークだろうし、連休全部を旅行にしたくない。私は自分の実家だから良いけど、相方は言うても気を使うだろうから、余計に疲れてしまうだろう。まあ、そういうことで…(*_ _)人ゴメンナサイ
1時半ごろ、漸く出発
これがラストランだ。
あれだけ続いた上り坂だというのに、下りは峠を過ぎると殆んど平坦な道。
途中で雨が止んだので、合羽を脱いだ。いやー爽快![]()
それどころか日出町に入ると再び上り坂。でも、進めば進むほど、観覧車が見えてくる。だんだんゼットコースターなどの音がする。小さな小山全体に遊園地が広がっている。サンリオで有名な「ハーモニーランド」らしい。
歓声を横目に坂を上っていく、下りと共に楽しそうな声とさよなら。ここからは本当に下り坂だった。
日出町の街に入り、別府湾が目前に広がっている。霞んだ対岸に街が見える。今回の終着点「別府」が見える。残念ながら湯煙は曇ってて見えない。
私たちの心はもう着いたも同然。別府を目指して、漕ぐ足に力を入れる…。が、海岸沿いに走る日向街道は、中々別府市内に辿り着いてくれない。
途中で、間違えて、反れる場所を忘れたため、海岸沿いの大型道路を走ることになってしまい、別府の街を実感できず…。沢山登場するはずの温泉も看板でしか確認できず、段々疲れが出始めた。
午後4時、漸く別府駅に到着。
再び雨が降り出したけど、とりあえず、温泉に入ることにした。駅から5分ほど歩いたところに、温泉遺産の建物と言われる竹互温泉という所があ
る。入浴料はなんと100円
その代わり、石鹸もシャンプーもシャワーもない。ただ浴槽 があるのみだけど…。でも中は結構混んでて、浴室は若い娘がウヨウヨ
温度は42.5度と書いてあったけど、ちょっと書いてあるより熱かった
皆五分も浸からずに上がってしまった。でも身体は皆真っ赤
鈍感な私は、確かに熱いけど、マッタリ浸かって、癒されました![]()
駅に戻って、自転車を輪行袋に納めると、18時22分の特急「ソニック号」に乗って、帰りました。ソニック号の中で駅弁を食べちゃいました。
3日間を掛けて来た道を特急と新幹線は2時間半で戻ってきてしまうのね…(´Д⊂グスン
9時過ぎに岡山駅に着いたけど、相方がどうしてもフライドポテトが食べたいというので、駅前の居酒屋に寄り、旅帰還の祝杯をあげました![]()
帰ったら11時前。もうクタクタです。
漸く旅も終わりました。
完
第4回日本一周チャリの旅 二日目
二日目、5月3日。
7時起床
天気は生憎の曇り![]()
昨日と打って変わって風が冷たいので、ウィンドブレーカーを装着![]()
一日目で探索した通り、駅前は殆んど店がない。喫茶店もない。唯一開いている駅前ミスドで朝食を取ろうと、8時にチェックインした。
が、このホテル、無料サービスでパンと卵とコーヒーを出しており、スタッフにかなり勧められ、断りづらかった。
これからの運動量を考えると少し少ない気もしたけど、お言葉に甘え、朝食を頂くことにした![]()
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。
それでも30分も掛からずに平らげ、8時半には門司駅を出発していた
。
国道3号線を行かず、山越えの県道25号線を進む。
何しろ山越え。延々続く上り坂がエライ![]()
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小郡から出発して初めてのトンネル、鹿喰峠を抜け、瀬戸内海側へ出る。
昨日無くしたグローブの代わりに、ホームセンターで軍手か作業用手袋を探そうと思っていたけど、時間はまだ9時半前。そうそう店は開いていない。
けれども、下曽根の手前に「マンガ倉庫」というアウトレットの店が9時から既に開いてた。もしかしたらと思い、入ってみた。手袋は見つからず、けれども私は可愛いヒラヒラのスカートを見つけてしまった。アウトレットだから、金額は525円
安すぎです。渋い顔をする相方を横目に買っちゃいました![]()
まあ、それでも手袋は探さねばならず(長時間チャリに乗ると手が痛くなるし、日焼け防止や防寒も兼ねて)、九州ではメジャーらしい「トライアル」というスーパーディスカウントマーケットが直ぐ近くにあったので、ここで97円の軍手を購入。
この下曽根で県道25号線は東に曲がり、国道10号線を沿うように走り出す。朽網で25号線と10号線が交わる。私たちは10号線が下道になるのかとそちらに進んだが、10号線はやはり国道らしく大型道路だった。25号線の方が良かったのかなあ…?でも、後でYahoo!地図の航空地図を見たら、その先の25号線はまだできていなかった…。
この辺から行橋をでるまでずっと街中だった。
昼は行橋市内で取ろうと思っていた。途中で10号線から市内へ行く県道28号線へ逸れたんだけど、この道沿いにあるのは、ファミレスやら回転寿司やらどこにでもある飲食店ばかり。
多分、県道を離れ、駅前とか繁華街とかに行けばあるんだろうけど、今一街の情報がないから、いかんともしがたい。走向しているうちに道はどんどん街中から離れてしまう。途中、とんかつ屋さんがあったんだけど、昼ごろだというのに、車が1台も止まっておらず、相方が嫌がるので、仕方なく先へ進んだ。後から考えれば、まだ12時前で、休日なのだから、客足がまだなのは不思議ではなかったんだけど…。
結局、街中を抜けてしまい、店どころか家もまばらで、見えるのは青い田畑![]()
朝がパン1枚とゆで卵1個だけだったから、流石の私ももうお腹ペコペコで、とんかつ屋を嫌がった相方に悪態(モムーリ!o(゚Д゚)っ)をつき、
「次、飲食店があったら、どんな店だろうと入るからね
」
行橋バイパスの橋脚を超え、ローソンが見えた。内心「最悪はコンビニ弁当か
」と思っていたけど、その隣に飲食店を発見![]()
幸い、売れてる洋食屋さんのようで、車が何台か止まっていた。席に着いた時、ちょうど12時に鳴った。どうもステーキ系の店だったらしく、久々に美味しい牛肉
を頂いた。少な目のメニューにしたけど、運動量を考えると少なかったかなー?
12時半頃、貪るように栄養補給を終えると、下道10号線を行く。築城という所に入ると、名前どおり、防風林の長ーい垣!?塀!?提!?が海岸沿いに見える。九州に所々残っている風景。ただの防風林とちょっと違う。
走り出して1時間がたった頃、10号線と10号線がブツカッタ![]()
ところに「豊前おこしかけ」という道の駅が現れた。九州に入ってはじめてみる道の駅だ。多少早いけど、休憩がてら行ってみた。
私達は手作りのイチゴ大福とプリンを食べた。美味しかった![]()
ここは豊前市の入口。中津市の隣…。2時前にして今日の目的地近くまで来てしまった…。今回、道の様子も全く分からなかったから、九州からは短めに距離を取っていた。
でもそのお陰で、3時には中津駅前のホテルにチェックインし、中津観光することができた。運良く、着いたと同時に雨
が降り出した。私達は100円ショップで傘
を買って、一万円札の生家と中津城を見て回った。福沢さん家でぼやぼやしていたら、5時過ぎてしまい、中津城の中に入れなくなってしまった…
でもまあ、どうみても復元した城だったから諦めもついた。
中津市は大きいように見えたけど、思ったより小さい。城下町ってだけで、長い商店街はシャッターが降りてる店が多々あり、休日だから休んでるにしても、GWなんだから 稼げよって思うくらい、寂しくなっていた。空いてるのは居酒屋さんくらいのもの。私達は口コミ評判が2番目に良かった居酒屋さんで夕飯を食べた。(1番目のは探し回った挙句、その日は休みだった…
)
今夜の宿は、昨日と打って変わって、披露宴をするぐらいのまともなホテル。部屋はダブルだから、昨日より少し狭いけど、風呂も広いし綺麗だし、アメニティも充実
していた。
8時くらいには部屋に戻り、明日のために、いや疲れのために早々に寝てしまいました![]()
第4回日本一周チャリの旅 1日目
さてさて、恒例となった自転車旅行
。今回は小郡から別府までを3日間(5/2~5/4)掛けて旅しました。
まずは一日目。
早朝6時に起きて、岡山駅を8時12分の
に乗って出発。
意外と駅は混雑してて、車内も満席状態![]()
客席の端にあるシートの隙間に折りたたまれたチャリを押し込み、私たち二人はデッキで過ごした。
新山口には9時半ごろ着いたけど、そこで自転車を組み立てたりなどしているとあっという間に10時になってしまった。2台の自転車を相方一人が組み立てる。私も手伝いたいところだが、反って邪魔のようで、仕方なく私は、好物の利休饅頭を買ったりしてぶらぶら。
チャリが組み立てられると、さあ出発
。駅の北口に渡り、旧9号線を行く。(この小郡で2号線と9号線は合流する)
天気は良く、風はさわやか。最高の日和
元9号線とはいえ、田舎道。県道335号線は最高だった。嘉川では工事現場の人のような蛍光帯をジャージの上に付けた中学生が生真面目にメットを被ってチャリ漕いでたのに出くわした。
しかし、そののんびり感もつかの間、2号線バイパスと県道が合流する「今坂」から辛い登り坂![]()
「おいはぎ峠」などという物騒な名前の飲食店がある峠(本当にそういう名の峠かどうかは分からず)をやっとこさ越え、下り坂。
しかしここからが本当に辛い。辛いというか危険![]()
歩道がなかったり、片方にしかなかったり、しかも突然反対車線側に出現したりと、国道はまったく車中心に作られている。しかもトラック交通量の多い2号線。車の合間を縫って反対に渡ったり、トラックの風圧に耐えながら、走りざるを得ない。
西見峠手前で厚狭バイパスへと車が吸い込まれていく。下道へ行く車はごく僅かだ。
ここから脇道に逸れ、厚狭の街へ入る。丁度12時近くになっていたので、この街で昼食を取ろうと飲食店を探した。…休日のせいか店が見つからない…。
結局、街外れの「長崎ちゃんめん」でお腹を満たした。ここしか見つからんかった。リュックを背負う背中や肩は既に汗で服
が濡れ濡れ
気持ち悪い…。
ちゃんめんで英気を養い、厚狭に別れを告げる。
山野井を過ぎた辺りから道は再びバイパスと合流するため、道が車主体になっていく。街へ近付き出すと、歩道もきちっとしてくるんだな。
合流すると2号線は一気にバイパスモードになるので、私たちは談合峠(すごい名前w(゚o゚)w)で県道229号線に逸れ、埴生の「上市」という街に降りた。ずっと山ん中を走っていたけど、上市に続く坂道を下っていると、ぱっと海が開けて見え、なんとも爽快だ![]()
街に入ると、山口特有のまたのんびりな道。山口には山口の、広島には広島の、九州には九州のなんとも言えない特有の雰囲気がある。残念ながら、そういう雰囲気を写真に収め忘れてしまった。
埴生と小月の境辺りで、またもや合流し、そして小月バイパスと県道33号線へと分かれて行く。当然私たちは街の方へ。
1時半頃、「王喜」という小さな街のローソンで休憩。ここでアイスを頬張る。この日の気温は22度。熱い日差しと火照った体に冷たいアイスが沁み込み、何だかとっても美味しかった。
知らなかったけど、小月市はいつの間にかなくなり、下関市になっていた。2時前にして、私たちは既に下関に入ってしまった。予定では夕方着くはずだったのに!!何たるめくらましだろうか![]()

小月の街は今まで通ってきた街の中で一番でかい。 勿論下関が最大だけど、まあこれは別格だな。小月には日清の工場があって、カップヌードルが空に浮かんでた。
長府のブリヂストンの世界最大のタイヤを横目にひたすら走る。この辺りは工業地帯らしく、工場が立ち並んでる。
長府は密かに城下町だ。惹かれる想いを必死に抑え、下関へと急ぐ。
長府から、何故か9号線と2号線が分かれ、私たちは関門トンネルがある9号線の方へ進む。海岸線を走っていると、次第に関門境が現われ、初めて見る相方には素晴らしい感動を与えただろう。
私は、…いやーあまり…。
火の見山の関門トンネルに着いたのは3時過ぎ。小さい頃、何となく来た覚えのある、エレベータを20円払って乗り込み、トンネル内へ。
トンネルは長かった。何故に押していかねばならんのだ![]()
4時前、門司港に到着。少しばかりの観光をすることに。相方も私もレトロ系は和でも洋でも意外と気になり、つい足を止めてしまう。
門司港も久しぶりだけど、やっぱり楽しい。大道芸を見たり、お茶したり…、文化財の建物見たり…。気付けば5時半
今日のお宿は門司港ではなく、門司駅。軽く30分は掛かる距離。急いでチャリに飛び乗る。
ここで大変なことがΣ(`0´*)ここまでお供をしていてくれたチャリ用グローブの片方がなくなっていた。
仕方なし…(´・ω・`)ショボーン
落ち込みながら、宿に向いました…。
門司駅前には何とか6時過ぎに着くことができた。でも何だか何もない…。とりあえず、ホテルを探す。
「ビジネスホテル門司」という名前から、ビル風ホテルを思い描いていたが、実際は写真の通り…。ホテルというか民宿というか…。外観は「大丈夫か
」て想うような感じだったけど、中はまあ、普通。
部屋は意外と広くて安心。でもちょっとバスルームが小さいかも…。
まあ、良いか…。
なぜ、門司港ではなく門司駅前にしたかと言うと、目当てのご飯屋さんがあったから。「鳥惣」のような甘唐揚げの店を相方が見つけてたのさ。チェックインして直ぐに店に向ったけど、既に人でいっぱい、仕方なく、7時半頃もう一度来ることにして、門司駅周辺をぶらーり![]()
駅の東(山)側は住宅が道沿い以外は家が立ち並んでいたけど、西(海)側は、開発途中のようで、マンションやらヤマダ何かがあった。けれども注目は、赤レンガ倉庫。元、醸造所のようで、レトロ感たっぷりの場所だった。まあ、夕方遅いせいか、カフェくらいしか開いておらず、寂しい
空も曇りだし、風も冷たくなり、何だか気持ちまで沈んでしまいそうだ…。
寒さに耐え切れなくなり、店に向った。ちょうど席が空いたようで、漸くご馳走にありつけた![]()
そうして第1日目が終わった![]()
牡蠣祭りの帰りに
牡蠣祭りの帰りのことです。
街の方までやってくると、
工場の間から突然現れた船。
車があるこ所は、もう道路です。
船が迫っています。
撮ってるところの後は崖です。
造船所、いや、小さな町工場的、船の修理屋さん的な所でしょうか?
なんだか船が頭だけ、陸に突っ込んでるように見えます。
船の全体を陸に上げることが出来ないくらい小さいところのよう。
雨ざらしなのね。雨の日は看板での作業はしないのかな?それとも降ってもやるのかな?
ちょっと面白い光景なので、思わず
撮ってしまった。
何度か日生に来ているけど、ここにこんな大きな船が止まっているのを初めて見ました。今までも船が止まっていたのかも知れないけど、ここが造船所らしきところとは思ってみなかった。
いやー意外な見落としです。
駅に着く前、いつものように、あの和菓子屋さんで、イチゴ大福3個とシュークリームとプリン(この二つは相方用)を買って帰りました。
家に帰ったら、まだ1時。
かなり一日が長ーく感じた日曜日でした。
牡蠣祭りです
昨日は、早朝
に起きて、電車
と船を乗り継ぎ、日生の甚九朗市場で行われる牡蠣祭りに行ってきた。
往きの電車は、「旧西大寺鉄道跡を歩こうの会」的な高齢の方々が3車両の座席がほとんど埋まってしまうぐらい、占拠しており
、少々びっくりしたけど、大多羅と西大寺で降りてくれたので、それ以後座ることが出来て良かった。
祭りは疲れること必死だから、体力を温存しとかなきゃね![]()
会場には8時45分頃ついたのかな?
祭りでは
いつも店に行くとすごい人が待ってるから、いつも諦めて違う店に行ってしまう、牡蠣お好み焼きの店「たまちゃん」の屋台が出ていたから、まだ並ぶ人が少ない内にカキオコ900円を買って食べた。沢山食べたいものがあるから、二人で1枚をもやって食べたよ。
それから
牡蠣の雑炊200円
あと写真を取り忘れてたけど、牡蠣天(プラ)に焼きガキ串(100円)なんかも食べたよ。
市場のほうの外で、餅つきをしていたので、お腹を休める為にもぼーっと眺めていました。
それでも中々お腹はいっぱいにならず…。
市場で牡蠣を買って帰ろうかと思ったけど、電車だし、ナイロン袋に入れられるだけじゃイヤだと相方が言うので、後日また来て買うことにしました。
だけど、ほんとに後日来るのかねえ?
さて、時計を見たら、もう11時。
お腹も減りそうに無いので、仕方なく帰ることにしました。
食べすぎでお腹が苦しいので、往きは日生駅から会場までシャトル船で来たけど、復路は歩いて帰りました。
帰る前、とっても好い匂いがしたので、つい焼き芋を買っちゃいました。
しかも道々、食べながら帰っちゃいましたよ。えへへ![]()
(つづく)
温泉レポート 怒塚山温泉
1月11日、田井公園で遊んだ後、児島半島の先、郡にある怒塚山温泉
へ行った。
温泉とはいえ、「楠石荘」という古びた旅館の中にある。
日帰り入浴は大人500円
となかなか手ごろだけど、石鹸しか用意はされていない。タオルやドライヤーなどは貸し出してくれはするが。
私たちが行ったときは前に1組の客が居たのみで、何とも寂れた感の温泉ではあるが、泉質はラジウム温泉で温度は知らぬが、熱くもなく、ぬる過ぎもない、丁度良い湯加減で、長時間入っていられる。
とは言ってもラジウムなので、15分も入っていると、冷え性の私も汗をかき出すから、そう長くは居られないけど…。
私は丁度時間が夕方4時ごろだったので、誰も居ないことを良いことに、ラジオを持ち込んで、優雅に福山雅治の番組を聴きながらのんびりさせてもらった。
旅館もお風呂も寂れた感は否定できないが、それはそれで、田舎の悠久感があって、のんびりと出来て良いように思われる。
ただ、次回訪れた時にまだあればと憂うくらい、寂れているのが少し哀しい。
機会あれば、また行きたい。なんせ500円だからね。
あと、温泉名も宿名も何と読むのだろうか?
無知な私には読み方が分からない…。
旅行をしたぞ
思えば久しぶりのアップである。
さて、この3連休にまたまた小旅行をしてきた。
今回の旅は赤穂御崎![]()
JR
赤穂線ワンマンカーに乗り、播州赤穂まで1時間20分揺られた。
荷物が邪魔なので、今夜のお宿の東横イン
に荷物を預けてからバス
に乗り込んだ。バスは30分に1本程度あるのみだ。赤穂駅から御崎までは約25分。終点の簡保までだと片道一人350円だった。
赤穂御崎は温泉地だし、赤穂浪士とも縁があるようで、小さくはあるが観光地として成り立っているよう。
終点の保養センターでおりて、私たちは直ぐ下にある市営のレストハウスへ向った。ここが一番無難な食事所だ。他にもあろうけど、ホテルや旅館がやってる奴だったり、小さな喫茶店がやってる奴だったりと、我々庶民には少々高そうだったり、怪しかったりということで、無難な市営と相方は決めていた。
そこが唯一のレストランのようで、やはり混んでいた。15分くらい待って、漸く席に通された。相方は「義士御膳¥2100」なるものを、私は「海老とフィレの定食¥2100」なるものを頼んだ。混んでいるせいか私の定食は中々来なかったけど、それでもまあ、お腹も空いていたからか、美味しかった
。2100円はちと高いけど、まあ、この味程度なら払ってもいいかな!?と思った。
さて、お腹を満たしたところで、観光を開始。
レストハウスの下から遊歩道が出ているようなので、早速下の海岸
に降りてみた。
天邪鬼に案内図とは反対の階段を降りたら、砂浜に来てしまった。ふらふらとふざけながら、岩場伝いに歩いて行くと、何とか遊歩道に出ることが出来た。なんとも優雅で大人な観光だろうか。ゆっくり海岸線を沿う遊歩道を歩きながら、海岸の岩場やキラキラ光る波や、奇妙な地形を眺める。贅沢な散歩であった。
遊歩道の終点近くに御前岩なるものがあり、潮が干くと渡れるようになるんだろう岩だけの島である。これも見所のようだ。そこから引き上げる際、どこかで踏んで連れてきてしまったらしい、10センチくらいの百足に大石名残の松の前で驚いてしまった。靴にくっついていたであろう、百足は我々の驚きに驚いて、そそくさと草陰に逃げていってしまった。被害者は彼であろうにね。悪いことした。でも踏まれても死なないなんて、丈夫なんだなあ。
この街の神社にお参りしてから、やっとお目当ての温泉
へ
一人1500円とちょいと高い入浴料だけど、海に面したお風呂なので、(相方が決めたので)「銀波荘」という旅館のお風呂に入った。ちょうど2時ごろという微妙な時間帯のお陰で、私が入るときに出て行ったおばあちゃんたち以後、誰も入ってこず、貸しきり状態だった
お湯もいい感じだし、赤穂の粗塩が置いてあって、それで体を擦ると、何となく好い感じ
湯上りは入る前よりすべすべになった気がする。
だけど、残念なことに女子風呂からは海
は見えません。いや、正確には露天風呂に座ってると、だけど。立てばちょいと見えるけど、身を乗り出して見る勇気は無かった。だって真上は客室みたいだし、絶対乗り出したら見えちゃうから。女子風呂は覗き対策すると景観が悪くなるから好かんね。
旅館を出て、近くの喫茶店に入るともう4時だった。2時間近く居たんだね。その喫茶店はモロッコ系の店で、店の中はそっちの音楽やら、飾りやらだった。しかもそこの店の売りは「モロッコのパン」。流石にそこまでお腹すいてないくて、+100円で付くパンケーキにしといた。味はまあまあだ。私はメイプルをかけて食べるのが好きだけど、そこは別のシロップだったから、まあまあというわけだ。コーヒーも悪くない。ただ、その店の主人の服装がイマイチ。田舎だからしょうがないけど、ジャージのズボン
って…。どうせならモロッコの民族衣装にして欲しかったなあ。
+100円のパンケーキ
だけど、2人で分けて食べても私は満腹になってしまった。店主のアドヴァイスもあって、御崎から駅まで歩いて帰ることにした。
夕日を見ながら、ふらふらと旧街道ぞいに散歩のようにテクテク帰った。おっさん小1時間とか言ってたけど、余裕で1時間以上かかってますけど…![]()
お陰で疲れた上に、お腹も空いた。チェックインして夕食にでも行こうかとホテルに行ったら、6時前だというのに、まだ部屋の準備が出来ていなくて、チェックインできないという。※6時に入ると予約してたのに![]()
仕方なく、駅周辺をブラブラ。今夜のご飯を探してみた。しかし、おやおや、駅前なのに、田舎だから日曜だからか明かりが灯っている店が少ない。小一時間歩き回っても目ぼしい店は見つからず…。
仕方なくホテルに戻るとフロントは大混雑に。みんな大体この時間にチェックインが集中していたようで、フロントの人たちはアタフタしてた。
並ぶのも面倒なので、少し人が吐けるのを座って待ってから、チェックインした。フロントを観察していたら、予約せずに飛び込みで来る客も結構居た。でも大体、ダブルもツインも埋まっていて、シングルしかないようだけど。
一休みしてから、ご飯をありつけに出た。駅前の中央通を城方面に歩けど、高そうな寿司屋や割烹くらいの店しか見つからず、はたまた、「大吉」や「養老の瀧」などとこっちにもあるような居酒屋しかなく、仕方なく引き返して、市役所の方を回っても見つからず、諦めて駅前に戻ろうとしていたら、「キッチンパパ」なる店を見つけた。一番信頼できそうな目安となるメニュー看板まで出ていた。(相方は値段やメニューが書かれていない店には怖がって入りたがらなかった。)これを逃したらもう無いと思い。早々にココにした。店はいい感じだった。おじさん一人でやってるっぽく、私たち3組目が入ると少々バタバタし始めてしまった。味も良く、酒に合うし、値段もそこそこ。忙しそうなのが傷だけど、いつもはバイトがいるようだったし、店も小さいけど、座敷があるし、探しまくっていい所を見つけたみたい![]()
店を出ると、意外と駅から近かった。駅前郵便局の横を通る道沿いにあった。あんだけ探し回ったのに…。
部屋に戻ったら、まだ9時前。今日は全く時間が進まない日だ。
かるーくシャワーを浴びたら、温泉ですべすべになっていた肌が元に戻ってしまった。何てことだ。ゴロゴロしていたら、結局いつも寝る時間に寝てしまった。![]()
翌朝、目が覚めると、予想通り雨が降っていた
。雨の中、赤穂城跡を少しだけ見てから、昼前には電車に乗り込んで帰った。家に着いたら私たちは夕方まで昼寝してしまったくらい、疲れたらしい。
時間が全く進まない旅だったけど、過ぎてしまえば夢のよう。さて、夢の続きは見れるのかな?
岐阜旅行―大会観戦編―
24日朝、またもや寝坊し、6時に起床。
ボケボケしながら、コーヒー
を飲み、身支度を整えると、忘れ物が無いかをきっちり確認し、7時過ぎ、ホテルを出ました。
いざ板取へ出発![]()
![]()
この日は前日の雨はどこへやら、青空が見える![]()
8時過ぎ、いつの間にか板取に着いていた。またもや眠ったらしい。まだ、時間が早いのか、今年は人が少ないのか、会場の側にある、第一駐車場まで車で行くことが出来た。けれども前日の雨で、駐車場はどろどろ。慎重に車を走らせなければ、ハンドルが泥に取られたり、タイヤが空回りしてしまうありさま。車を降りて、駐車場を出るまでが一番苦労した。
今日の主役は相方。相方の為の一日である。
去年は相方と別れて、一人本を読みふけっていたが、今年は相方に付いて回ることにした。
まあ、ケイタイが無いのでね、はぐれたら困るからね。
「はぐれたら12時にここ(飲食コーナー)ね」と相方に言われるも、まだ目が覚
めてない私は聞いちゃいない。最初のコースを一緒に見ている時に「はぐれたらどこだっけ?」とボケたことを言って、相方を不安にさせてしまった。
大会は大混乱の内に終わった。というのも、前日の雨で、コースの岩や石
が滑りやすくなっていて、1位有望なダニ選手がミスの連発。2ラップの頃には集中力も途切れがちになって、コースを走り切ることが少なくなっていた。それでも、2位に収まっていたのだから、すごいのだけれど。
3時過ぎ、殆んどの選手が走り終え、私たちは表彰式を待たずに会場を後にした。帰り道が長いのですから…![]()
今日中に家に着きたいもので…。
再び関が原インターから高速に乗り、ひたすら走ります。またもや助手席で寝てしまい、大津まで記憶が無い。大津で少し早いけど、夕飯を取り、西へと進みます。苦いコーヒーで目を覚まし、私はCD
に合わせて歌いつづけます。途中、もう一回どこかのパーキングでトイレ休憩をし、家に辿り着いたのは、11時過ぎ。
もうヘトヘトです。
ちゃちゃっとシャワーを浴び、私は布団へ飛び込みました。
相方は今日の観戦の祝杯をあげてから、布団へ来ました。
そうして、長い長い自動車旅行に幕を下ろしたのでした。
あー疲れた![]()
岐阜旅行
毎年恒例になりつつある、トライアルバイク世界大会in板取への観戦旅行に今年も行って来ました。
土曜の早朝から日曜の夜中までという少し強行な移動ではあったけど、楽しい旅行となりました。
1日目、4時に起きる予定が目覚まし
が鳴らず、6時に起床。
慌てて仕度を整えて、車
に飛び乗り、7時過ぎいざ出発![]()
この旅最初の残念は、ケイタイ
を忘れたこと![]()
山陽インターから高速に入り、岐阜へと向います。
この日は最悪の雨
。
助手席でただ、車窓を眺めるだけの私は、時々うっかり寝てしまい、所々の記憶がない。
相方は眠いだろうに、雨でし辛いだろうに、頑張って運転しております。
途中、西宮と八日市辺りで休憩を取り、11時半頃関が原インターで高速を降りました。
1日目は基本的に観光のために設けています。
私たちは岐阜まで何度も来ているのに、一度も岐阜周辺の歴史に触れたことが無かったので、今回は関が原を中心に観光することに。
とはいうも、生憎の雨。本来なら、レンタサイクル
で関が原に散らばっている歴史の名所を回る予定だったんだけど、仕方なく、車で回った。
そのため、回る箇所が少なくなってしまった。
インターを降りてすぐ、私たちは何故か、「石田光成陣営跡地」に向ってしまった。いや、道がよう判らんで、看板を頼りに行ってたら、たまたま辿り着いてしまったのだ。幸いに駐車場もあったので、ここから歴史探訪を始めた。
雨の中、傘を差して、小さな山を登る。その山頂に光成陣営跡があったらしい。
陣営と言っても、城じゃないので、当時は幕や旗を張り巡らしただけの代物だったと思われるので、跡形も無い。ただ、石碑が建つのみである。地元の人たちが雰囲気を出すために、竹矢来や馬阻柵を山の至るところに並べられていた。
近くに関が原の合戦の決戦の地が見えたので、傘を差しつつ、歩いて行った。
田圃に囲まれた決戦地は他の所と同じように、ただ石碑があるのみで、当時への思いを馳せるには些か、虚しさを感じさせるものがある。「兵どもの夢のあと」といった感じだ。
このあと、車で歴史資料館に行き、改めて合戦の歴史を学び、隣のふれあいセンターで遅めのランチを取り、(この時、資料館に傘を忘れてしまい、取りに戻るという出来事があり、またもや相方のお目玉になってしまった…。残念第2弾)
近くにある「家康最後の陣」跡や、東首塚、色んな人の陣跡を歩き回った。
この頃になると、雨は小康状態になっていた。
そうして、最後に「開戦の地」を
訪れて、午後2時関が原を後にした。
雨雲をお伺いしながら、私たちは養老の滝へと向った。
小雨となりつつある空ではあったが、雨の後特有の山の現象、霧が滝までの道を深く覆い、更にグネグネの山道のため、滝に行くまでに疲れてしまった。滝は山の中にあるのだ。
本当は養老公園に車を置いて、滝まで歩くのが一番安くて、散策も出来て
良かったんだけど、これまた調査不足で、滝近くの山上の駐車場まで来てしまった。駐車料金がなんと1000円
ベラボウメ
高いし、道は悪いしで、上に行くのに良い事はなかった。しかも、近いとは行っても、結局は5分くらい急な階段を歩かなければいけないのだから、メリットが少ない。
でもまあ、滝は良い感じだったので良いとしよう。
急ぐように、私たちは再び車に乗り込み、今度は御千代稲荷神社へ。門前
町が賑わう神社というので向ったのだけど、着いたのが4時というのと、雨天ということもあり、人はまばらで、店も閉めつつあった。けれども店がずらーっと並び、晴れた昼間だったら、活気があっただろう雰囲気を感じた。
商売繁盛の神様だけど、相方は明日の天気をお願いし、商売に関係ない私は、幸せを願ったのでした。
そうして、旅の疲れを感じ始めた私たちは、岐阜市内へと向った。
途中、ジャスコで翌日の雨対策に合羽やカバンを買ったりと寄り道をして、岐阜駅前のホテルへと車
を走らせる。
しかし、毎回来ているにも関わらず、毎回駅まで迷ってしまい、ぐるぐる、イライラしながらホテルを探し、6時半過ぎ、やっとこさでこの旅の宿「ダイワ~」ホテルに辿り着きました。
晩御飯は飛騨ジュウを切望したけれど、叶わず、なぜか焼肉になってしまった。でも美味しかったので![]()
そうして長い長い一日が終わりました。(続く)
第3回日本一周の旅 ②
我々は、県道189号線を通って富海の町に入ったわけだが、茶臼山の峠を行く県道58号線へ合流する道が、かなりの坂道だったので、我々は坂下に延びている脇道を選んだ。そっちはどうも茶臼山トンネルが出来るまで使われていたルートのようで、今でも峠越えが辛い地元民
達はこちらを使っている雰囲気である。辛いのは最後に58号線に合流するときの坂道くらいで、後は別段楽な道のりだった。
後で気が付いたけど、私たちはそのまま58号線に入ったんだけど、58号線を渡って向かいの道へ行けば、旧山陽道だったらしく、実に惜しまれる。やはり、道は実際に走ってみないと、地図ではどうなっているか分からないもんだね。
58号線は狭いけれども歩道があり、そこを走ってたんだけど、落ちてた空き缶を前輪で踏んでしまい、その空き缶があろうことか、フレームと前輪の間にスパッとはまってしまった
タイヤ回転の勢いで嵌まったので中々抜けず、少々戸惑った![]()
私がこんなに困っていたのに前を行ってた相方は全く気付かず、数十メートル進んだ先で、私のベル
の音で気が付きやがった
全く肝心な時に使えないんだから![]()
ともあれ、そうこうするうちに、防府市内の牟礼というところに来た。この辺りは私にとって見慣れた町。ここは私の祖母の家があるのだ。父方の実家だな
。
休憩に丁度いい時間でも有ったから、私は寄りたかったんだけど、相方が恥ずかしがって嫌がるので、仕方なく諦めた。
3時半頃、防府市公会堂を過ぎた所にある7-11
で二回目の休憩を取って、リフレッシュ![]()
防府市街は自分が思ってたより小さかった。というか昔の断片的な記憶なので、距離感が無かったようで、祖母の家から公会堂やらデパートやらがこんなに近いとこにあるとは思わなかった。子供の頃来た以上に商店街が田舎感を漂わせていたのには少し、寂しかった![]()
58号線をそのまま進んで市街を抜け、佐波川大橋を渡るとまたもや2号線に合流。2号線はバイパスの流れで来ているので、高速道並みに大きく、交通量が多い。幸い歩道はちゃんと広めに取られていたので、安全は確保されたが、バイパスよろしく趣がない。山陽道の面影が一切無いのだ。
大道の交番は白バイの基地らしく、何台も入っていくのを見た。その交番を過ぎると、高校を発見
そういえば見覚えがある。「防府西高」だ。確か、山崎まさよしもここに通ったはず。…そうかだからか!バイパス流れの癖に歩道がしっかり作られていたのは…。そうかそうか。そういえば、うちのおとんも昔ここに勤めてたよな![]()
山陽道は多分、この高校の方を行って、住宅街を通るんだろうけど、いかんせん渡れない。いや、陸橋があったけど、陸橋辛いし。てことで2号線を進む。この大道の2号線は昔の道路を上塗りして作っているようで、途中から、昔の道路がぴょこっと飛び出して、今は無駄に広い生活道が続いているかと思うと再び合流してしまった。しかもそこから歩道がなくなっている![]()
あとで地図見て分かったけど、大道の街中の方に街道があった。私らはそこから街中へ行く道へ行き、街道に合流。だがしばらくしてまた2号線に戻ってしまった。2号線は軽く峠。これは山口市と防府市の境の峠なのかも。
鋳銭司に入って途中、変に道に入ってしまって、堂々巡りしてしまったけど、長沢池に来た私たちはそのまま2号線を行かず、池の淵を回る道を選んだ。少し遠回りだけど、悪くはなかった。
長沢池をグルっと回って再び2号線を行くんだけど、高速のインターと繋がってるところにぶつかりそうだったので、道をそれたら大正解。街道らしく何だかいい感じの町並み。ここは四辻。
もう既に山口市内。ゴールは目の前。予感は正しかったらしく、2号線はインターのところから再びバイパスとなり、高架と化していたので、この後、再び2号線と合流することは無かった。
いつの間にか県道335号線を走っていたんだけど、この道、すぐ横を山陽本線
を平行して走っているところがあり、夕方の日差しが好い感じで貨物列車を照らしていた。
そうして、遂に小郡の街中に入り、在来線口に到着しました。
私の記憶の中の自転車置き場へ行ったら、そこはもう置いてはいけない場所になっており、裏の端っこに移動されていた。夜になったら確実に真っ暗になり、山口であっても、戻ってきたらチャリがなくなってそうなくらい人気のないので、相方がかなり気にしていた。
あの、きのこみたいなモニュメントは山頭火らしいよ。
第3回日本一周の旅 ①
5月3日、一年ぶりに一生かけて自転車で日本一周の旅を再会
。
今回は前回の終点、徳山駅から一日のみの日程。
朝、8時に起きて普通に朝食を取り、支度をしているといつの間にか9時過ぎ。
いざ出発![]()
相方が解体している間に、私は
を買いに行ったんだけど、ここで一つ残念。いつもの調子で、岡山から新山口の切符を買ってしまった…。
今回は徳山で降りるのに…
すぐさま行き先変更してもらいました。
10:07岡山発のこだま
に乗り、まったり徳山に向かいます。広島駅で駅弁
を買い、徳山駅には12:20頃着いた。
うう、結構かかります…![]()
さあ、チャリを組み立てて、ホントの出発。
2号線はバイパスが多いから、旧2号の道や更なる昔の街道らしきところを選んで進みます。
私は街道が結構好きなので、なるべくその道を選んで通るように心がけてます。
新南陽で風車発見
どうもこの街のシンボルらしいけど、よう分からん…。山の上にあるので素通り。
新南陽を過ぎたら、ひたすら山の中を走ります。相方に
「あの山の向こうは海だから」
とホントかウソか自分でも分からんことを言って励ました。
戸田(ヘタ)駅を過ぎたところで、いきなり左側の歩道が無くなっていたので、長ーい待ち時間の押しボタン式信号で右側に渡り、歩道を行くのが小癪だし、どうもそこから伸びている小道がもともとの道っぽく、集落に続いてたので、こちらに入ってみた。
勘は大当たりで、そこは街道よろしく少し懐かしい町並みでした。残念ながら、写真は無い
確か駅と同じく戸田という街の名だと思う。
さて、戸田の7-11
で一息ついたら、今回最大の難所「椿峠」を登ります。難所の理由は一つ。歩道がありません。横断歩道ありません。さらにここは出るという噂が無いやらあるやら…。その先のトンネルだったような気もせんではないけど…。
てことで、途中からまたもや街道らしき生活道へ進んだ。いやね、私らが峠を登っていたら、地元っぽい子供たちがその道から出てきたんよ。最初私らはまっすぐ行きよったんだけど、そっちが地元民がチャリなどで通る道だとふと気付き、引き換えしてそちらに行った。しかしその道は峠の上に差し掛かる手前で結局2号線に合流してしまい、再び道路の端っこを車に煽られながら行くしかなかった。
でも峠に差し掛かったところから、好い感じで富海の海が見え、二人の頭の中には「1/6夢旅人」が
流れたことだろう![]()
下りも当然歩道は無く、仕方なく端っこを走っていたが、所々に麓から続く側道が見えたので、道が繋がったところから即行そちらに行くと、どうもこちらがもともとの街道だったようで選んで正解だった![]()
富海の町はなにやら本陣跡などがあり、昔は要所だったみたいだ。
富海という街は、今は海水浴で親しまれている街で、私も幼い頃は時々来ていた。街を走っていると、横道から防風林が見えたので、そこへ入ると、ビンゴ!砂浜でした![]()
牡蠣祭り
昨日はね、邑久の虫明港で催された牡蠣祭に行ってきました。
美味しかったー!!
一番の最高(言葉がおかしいけど…)は牡蠣フライ。出来たてアツアツのカキフライ。
噛んだ瞬間、中から熱い汁が出てきて舌がやけどしたけど、旨い!!
海風でちょっぴり寒いけど、牡蠣汁で心まで暖まり、牡蠣のおこわで腹を満たしました。
牡蠣の直販コーナーは飛ぶように売れ、11時ごろには缶詰ものや箱詰めものはみててしまい、1個70円ものを箱に詰めてもらうといやつしか残っていなかったようです。私らはちゃんと買えましたよ。半斗缶2000円の奴。
どっかのおじさんは半斗缶に1個70円の奴を2000円くらいになるように詰めてもらったらしく、2400円だったとか言ってました。(←立ち聞き)そしたらお母さんが「半斗じゃ4人で分けたら少ないじゃん!!」と折角買ってきたお父さんに文句を入れてましたがね…。
シャトルバスに乗るのも、蒸し牡蠣や牡蠣汁を食べるのも並ばないといけないけど、それでも美味しいので楽しい。その待ってるひと時が実は最高の時間なんだと思うんだよね。
わくわく感で満たされているんだよねぇ。
来週もまた牡蠣模様。平日は野菜中心にして、週末に備えよう!!
岐阜バイクトライアル観戦ツアーⅡ
二日目、8月26日
この日も早朝6時には起こされた。今回「朝食はモーニングじゃないとイヤ」と我儘を言って見たら、優しい相方は通してくれたので、朝食を岐阜駅構内に食べに行った。ホテル周辺には早朝から開いてる喫茶店がなく、周辺をウロウロした挙句、駅ビルに向かったというのがホントのトコロ。そうして8時前にはチェックアウトして出発したのだった。
昨夜夜更かしをしたため、頭も身体も中々起きてくれず、相方が黙々と早々と会場を目指す横で私は一生懸命船を漕いでしまった…。
この旅の目的は悪までこのバイクトライアルの世界大会の観戦である。つまり相方のために来ているのだ。なのに何だか今回も観光のほうがメインになってしまった気がする…。
出発が遅かったこともあり、会場近くの駐車場は既に一杯。
私たちはシャトルバスに乗らないと行けないほど離れている第2駐車場へ泊め、会場に9時過ぎ着いた。もちろんレースは既に始まっていた。相方はきっと心中焦っていただろうに、私の我儘を我慢して聞いたくれたんだなあと、今振り返れば申し訳なく思う。
午前中の私は低血圧のまま、魂が抜けたような無表情で相方の後を付いて会場をうろうろするのが精一杯。
頭が眠っている私は石の上で足を滑らせて足を打ったり、木の枝で引っかかれて流血と生傷を作ってばかり…。人の垣根をすり抜けてレースを見る活力がないので遠巻きに見るしかなかった。
コースを1周して昼ご飯を食べる頃、やっと目が覚めだした。
美味しそうな鮎雑炊と茹で黍を食べると元気復活。
でも2周目を付いて回るのは大儀ィし、暑いので、私は森の中の沢でやっているコースに留まることにして、相方と分かれた。沢というか川の中の岩に座っているとすっごく涼しい空気が流れていて、気持ち良かった。気持良いあまり、鞄から本を取り出し読み始めてしまった。なんとマイペースなことか。
2ラップの回りは結構速く、さあコースを見て回ろうかと思ったら、既に近くのコースは終了しており、他のコースも次々と終わって行った。沢のコースはほとんど終わり、後は上の方へ登っていかないと行けないっぽいのだが、ちょっと辛い。ということでメインステージの近くのコースを見ていたんだけど、この最後のコースってタイムラグを競うことも合って、一人の選手がコースに入ってるのが短くってすぐ終わっちゃうんだよね。人気のあるコースは人だかりが出来てて見づらいし…。相方を探して一緒にいようと思い、探し始めたら、どこで行き違ったのか、私が坂を登っていると、相方が坂の下の方で逆に見つけられてしまった。時計はもう3時前。先ほどのコース以外はもう終わっていた。
今回は晴れているせいもあって、みんな回るのが早いし、終わるのも早い。
こうしてこの旅メインの観戦も終わってしまい、私たちは表彰式まで待たずに3時半には会場を後にした。
今回は私自身の体が起きてくれなかったお陰で、あまり元気に観戦できなかったのがすごく残念だった。相方にも荷物を増やしてしまったようで申し訳ない。
さて帰りの運転も相方。
岐阜の交通案内板は結構不案内だ。地図には県道○号線とか書いてあるからそれを頼りに街を抜けようとしたんだけど、案内板にはそういう「○号線」というのは書いてなくって、「○○環状線」とか地図には載ってない名前が書かれてあって、すごく分かりにくかった。ちょっと初めて来た者には冷たい感じがした。前回来たときより都会ぶろうとしている様が見て取れた。(ちょっと不満)
私は大津で夕飯取るまで、助手席でナビしつつ歌い捲り、滋賀からは満腹でまたもや爆睡。一人運転する相方はどう思ってたんだろうか…?
家に着いたのは11時すぎだった。
いやー疲労困憊。でも相方は疲れ知らずなのかビールの見ながらDVDを見ていた。すごい…。
私はあれだけ車の中で寝たのに、速攻布団で寝てしまった…。
いやいや、車での旅行ってのは疲れますな。
来年はもっとちゃんと観戦しようと思う。はい…。
岐阜バイクトライアル観戦ツアーⅠ
8月の25日から26日に掛けて、岐阜で行われたバイクトライアル世界大会へ観戦に行って来た。
初日土曜日は早朝5時に起き、6時に出発した。今回もまた相方の愛車miniバンで挑んだ。
行きも帰りも運転は相方が引き受けてくれたので、私は助手席で流れる窓の景色を見つめ、楽ができた。
というのも、前日相方の車で、運転の練習を試みたが、やはり付け刃ではどうにもならなかった。
岡山インターから高速に乗り、龍野・西宮・多賀!?で1時間ごとに休憩を取りつつ、やがて11時前頃岐阜入りした。この日は観光をするため、そのまま一宮jnc.東海北陸道へ入り、郡上八幡へ向かった。しかし、美並インターの辺りから郡上八幡インターまで車線減少のためにかなり渋滞しており、普段30分も掛からない所を1時間も掛かってしまった。事前に渋滞が分かっていたのに、私たちは美並インターで降りて向かうことが思い浮かばず、1時間無駄にしてしまった…。
ようやく12時過ぎに郡上八幡に着いた。
郡上八幡は美濃市ほど大きな昔の町並みではないが、川水が綺麗で、上手く整えられた街であった。(街の様子は写真集で)
早朝に朝ご飯を食べていた相方は岐阜に入った時点でお腹ペコペコで、街に着くなり、観光より腹ごしらえが先と、レストランに直行した。昼飯はこの街一番の土産物センターの2階にあるレストランで、私は麦トロご飯を、相方はから揚げ定食をぺろりと平らげた。
この街は私のツボを抑えるような品々が沢山あった。我慢に我慢をして、結局買ったのは、手編みの手提げに、着物柄で作られたがま口ポシェット、可愛い鼻緒を挿げられた下駄などなど1万円程度に留めておいた。
夕方5時過ぎ、歩きすぎて足の裏が攣ってしまったこともあり、今日の観光を終わりにして街を出た。
途中、「うだつ」で有名な美濃市に立ち寄り、頼まれてた”ハッピーセット”を買い、6時ごろようやく岐阜市へ向かった。
さて合併によって早くから岐阜市に入っていたのに、中々中心部にたどり着かない。やはり中心部に向かうにつれ、道路は混雑していく。今回旅行に肝心の岐阜の詳しい地図が載ったガイドマップを家に忘れてきてしまったため、大まかな地図しかなく、予約したホテルへ行くのに迷いに迷った。
後で確かめたら、ホテルまであと5分というところまで来たところで、私は1本通りを過ぎてしまったと思い込み、交差点を右折するようナビしてしまった。そこから迷路が始まり、ナビが後手後手し、駅周辺を30分以上ウロウロしてしまった。漸く8時過ぎホテルの部屋にたどり着いたが、もうぐったり…。それでもお腹を満たさずには休めないので、足を引きずって街へ繰り出した。最初、チェックしていた「楮」というところに行って見たが、生憎貸切で残念。仕方なく、次にチェックしていた「赤影」という居酒屋さんへ入った。調べたときは「忍者屋敷をモチーフにした店内」と説明があったのだけど、実際は赤い布が店内いたるところに垂れ下がっている程度の普通のおしゃれな居酒屋さんだった。メニューは意外とヘルシーで結構満足した。
そうしてようやくようやく運転と観光と早朝に起きた寝不足で、私たちは11時前には床についた。
と思いきや、持ってきた本(「彩雲国物語」)を寝る前にちょっと読もうとしたのが間違い。3時くらいまで読みふけってしまった…。
続く
第2回日本一周 夜間行軍
6時過ぎ、我々は岩国駅を出た。皮肉にも先ほど錦帯橋から戻ってきた道をまた辿ることに。
相方はちょっと凹んでいた。私は持ち前の楽天主義、まあ能天気が働き、ちょっとした大冒険気味でわくわくしていた。きっと必ずいいことが待っていると信じ、ちょっと壊れ気味だったのかもしれないが、疲れも忘れてペダルを漕いでいた。
そして、近道をするため、2号線を逸れ、県道15号線を行くことにした。でも間違いだった。いや、どちらが正しいのかそれもわからない。2号線も北上し川沿いをぐにゃくにゃと遠回りしていたし、この15号線も大きな峠を超える厳しい山道であった。そして、車の抜け道でもあった。途中から歩道も途切れ途切れになり、トンネルが続いた。最後のトンネルなどは1キロもの長さがあり、しかも歩行者一人がやっと通れる位の歩道しかない。自転車は押して歩くしかなかった。このトンネルが辛かった。車がひっきりなしにくるから、車道を走るわけにも行かず、延々歩いた。これで30分は時間を盗られた。多分「柱野トンネル」というところだろう。もし、15号線を行かれる方がおられましたら、是非、二軒屋辺りで民道がそっているのでそちらを行かれることをお勧めします。
この15号線は別名欽明路というらしく、それなりに古い道であるようだが、如何せん車用に舗装し直されているため、何とも自転車・歩行者には通りにくい道となってしまっている。
やがてこの欽明路は山陽道と合流し、私たちはまた2号線を走ることになったのだが、次の街、玖珂を通り越してしまった。というのも、街への標識が無く、気付かぬまま2号線を行ってしまったからだ。
相方は玖珂駅で電車に乗り、ホテルがある下松辺りまで行くつもりだったらしいが、残念ながら逃してしまった。さらに平行している線路は岩徳腺。列車は1時間に1本しか通らない単線である。夜ともなれば中々列車に乗れないことだろう。
熊毛町を走る頃、私の携帯が鳴った。妹からの電話だった。岩国にいる時に今日は岩国に泊まることを告げていたのだ。ところが実際は熊毛を走っていたわけだ。私の山口の実家はそれを聞いて大騒ぎ。何度も電話をしてきて、熊毛を出る頃には迎えに行くという話にまでなっていた。我々は旅行なのだから、できればホテルに泊まりたかった。しかし父はそれを許さず、頑として迎えに行くことを主張した。仕方なく我々は折れた。
まあ、3月末に一度帰ったとはいえ、その時は親戚の葬式だったため慌しくトンボ帰りしたわけで、正確に言うと去年の夏から帰っていない。父は淋しかったのであろう。遂に連れて帰ることに成功した模様だ。
でも、そんな父親の心境など相方は知る由も無く、怒られるのではないかとビクビクしていた。
親とは徳山駅で拾ってもらうことになり、我々はそこまでチャリで進んだ。周南市に入っても中々下松に辿り着かない。不意に大きな街に入ったかと思うとそこが下松だった。下松まで来れば沢山ホテルがあるのだ。実際期待できる街の大きさであった。このころ10時前位だろうか。まだ我々は夕食にありつけていない。下松ともなれば、沢山飲食店もあるだろうに泣く泣く郊外を走る2号線を進み、徳山に向かった。下松から徳山はすぐである。10時半ごろ徳山駅に着いた。
とりあえず、自転車を置き、さあご飯でもと思ったところに親の車が駅に着いてしまった。
駅前には屋台が2,3軒並び、お好み焼きやおでんなど美味しそうな匂いが漂っていたのに、首を垂れて諦め、途中のマックで寂しく夕飯。
あとで、屋台の話をしたら、言えば良かったのに。お父さんも喜んで付き合ったであろうと言われた。惜しいことした。
と、今回の旅はここまでである。
このあと我々は11時過ぎに実家に着き、早々に寝たのであった。
翌日、徳山駅まで電車で戻り、自転車を片して、新幹線で岡山まで帰った。徳山駅は下松以上にビジネスホテルがあり、きっと泊まれたであろうに、何とも終わりが悪い旅となってしまった。
今回の教訓。
一、行く先でイベントや何かが催されてないか確認すること
一、宿泊先の見当はつけておくこと
一、明るいうちはなるべく街道を行くこと
第2回一生かけた日本一周の旅二日目
二日目の朝、足が早くも重い。疲れは抜けきっていない模様。
この日は天気は曇り。天気予報に拠ると午後から下り坂らしい。
10時過ぎホテルを出発。昨日と違って日差しはなく、風のみ涼しい。
私たちは平和通沿いを進み、昨日の教訓を基に、バイパスには乗らず、下の2号線を行った。
広島は何と大きい街だろう。廿日市に入ってもまだ街は続き、民家が途絶えることが無い。2号線が海岸と沿いだす頃になってやっと民家が途絶えだした。それでも視界から民家がなくなることは無かった。バイパスが2号線と合流するところから、道路は渋滞を始めていた。チャリである我々には全く関係の無いことだが、それは宮島口までずっと続いていた。みんな宮島に渡るらしい。そうそうこの合流する前に旧街道に下りれば良かったと思った。2号線が他と隔絶され、街に行くことが出来ず、歩道も全く無い。渋滞だったから良かったものの、やはりトラックとすれ違うのは怖い。
宮島口で下りの渋滞は解消されたものの、今度は上り車線が渋滞していた。それは私たちが昼食を取った大竹のラーメン店の辺りまで続いていた。スゴイ。
1時過ぎ、やっと昼食にありつけたけど、何でか京都ラーメン。流行の脂っこいラーメンだった。私は濃いラーメンは好きじゃない。でも疲れてるせいか、濃いラーメンも美味しく感じれた。良かった。
ここを過ぎた頃から、海側は工場系の建物になり、山側が民家になってきた。そして、川の橋の袂は大体「○○橋詰」という地名が着いていた。そういう地域らしい。オモシロイ。
いつの間にか、というか小瀬川という大きな橋を渡ると岩国市に入っていた。岩国の中心部に向かうにつれて、物凄い爆音が聞こえてきた。私は知っていたので、うるさいなあとしか思っていなかったが、相方は岩国に米軍基地があることを知らず(学校で習ったと思うが覚えるほどのことじゃなかったのかも)、驚いてた。曇っていたため、戦闘機をはっきり見ることが出来ず残念だった。
写真を撮ってみたが、点にしか見えない。
しかし、この時気付けば良かった。なぜ、休みのこの日こんなにも沢山の戦闘機が飛んでいるのかを。まさか
翌日のショーのための練習だとは露にも思わず、私たちは呑気に岩 国観光をしてしまった。岩国には2時ごろ着いたというのに、4時ごろまで錦帯橋で観光をしてしまった。 
この日二人の中でこの岩国に泊まるつもりだったが、ホテルに行けども空き室がない。全滅。そう、みんな航空ショーでいっぱいなのだ。隣の柳井も無い。岩国周辺は岩国以外大きな街が無いため、宿も少なく、生憎どこも満室だった。
気付いたら6時。引き返すか、もしくはチャリを置いて宿のある街まで行くか。私はどちらもうんとは言わなかった。そう、前に進むのみである。
つづく。
第2回一生賭けて日本一周の旅
5月3日から5日にかけて再びチャリで日本一周の続きをしました。
第1日目
前回三原までだったので、今回は三原駅からの出発となりました。朝、8時に起きて、9時32分の三原行きの電車に乗って出発地まで行った。
駅に着いたのは11時過ぎ、そこから自転車を組立、ようやく出発できたのが、11時15分。
今回も2号線沿いを行きました。この日は快晴で日差しが強くて暑いのだが、風は冷たく、涼しい気候でした。
私は昔の旧山陽道を行きたかったのですが、道が変わっていて、そこに行きたくても繋がっていなかったり、途切れていたりするので、中々思うように行けなかった。
どの道もそうだが、街中までは歩道がしっかり作られているのに、少し郊外になると、歩行者がやっと通れる位の歩道しかなかったり、突然反対側にしかなくなったり、最悪歩道が無くなったりしてしまう。
まあ、小さい道とかは端っから歩道がないので気にしないのだが、2号線のように特に大型車の交通量が多いとこだと、結構怖い。しかも車道すら狭くなっているとなると、そら恐ろしいものである。せめて側道に余裕を持たせて欲しいものである。
さて、本郷駅を過ぎた辺りから道はずっと上り坂。緩やかなところもあれば、急なところもあった。とにかくずーっと上り坂なもんで、本当にえらかった。
上り坂が始まる、12時45分、本郷中を過ぎた所にある飲食店でお昼を採らなけ
ればとても上りきれなかっただろう。
写真の店で相方はマヨケ定食なるものを食べ、私はヒレカツ丼を頼んだ。しかしこの丼結構な量で1/3も残してし
まった。
湯坂温泉のところから、私たちは2号線に沿っている旧山陽道に入り、更に峠を目指した。本郷町の北方より続いた上り坂は田万里町を過ぎるまで延々続いた。でも旧山陽道を行くことによって、楽しめることができた。
田万里の峠を越えると今度は延々下り坂。上り坂で物凄い汗をかいたものだから、下りの風が涼しさを通り越していた。
峠を終え、西条にやって来た私たちは、道の選択を間違えてしまった。旧山陽道を行くならば、右に折れ東広島市内への道へ行かなければならなかったのに、そのまま真っ直ぐ西条バイパスへ行ってしまった。バイパスは勿論車のみ走行可。よって我々はその横の側道を行くのだが、その側道は無駄にアップダウンを繰り返すものだから堪らない。途中3時くらいにコンビニでアイス休憩したが、先頭を切る相方はそれでも側道を行くものだから、私は途中で不機嫌になり、「もうこの上り下りは嫌だ」と訴えた。しかし、そこから離れようにも道がない。仕方なく八本松の七ツ池公園のところまでアップダウンを繰り返し漸くそこから普通の街道を行くことが出来た。もうあの側道から離れただけで私は幸せだった。しかしすぐに旧2号線に出会い、そして西条バイパスの終点も迎えてしまい、どんなにか早くあの側道から抜けたかったことか…。
そしてまた、延々下りである。私たちはいつの間にか標高を上がってしまっていたらしい。広島市に向かうにつれ、段々周囲が街らしくなり、都会らしい町々が現われだした。しかし街に入れど、中々中心部には辿り着かない。ホント遠かった。
広島市内中心部である平和通りあたりについたのは5時過ぎであったろうか…。
しかし、今はゴールデンウィーク。広島はフラワーフェスティバルなるGW中日本3大イベントを行っていた。
我々はこれから宿を探すのである。3,4件まわるも満室。ようやく『並木ホテル』というところで部屋を見つけることが出来た。セミダブルで少し狭いけど、簡易朝食付きで二人で8400円。これはお得だろう。夕飯は『正直屋』なる居酒屋で食べたが、この店味も接客も良かっ
たが、最後に頼んだ葉わさびの鉄火巻きが中々出てこず、20分待ったところで問うて見たところ、「オーダーは通ってるがこれから作る」と言うてたもうた。素直に注文を忘れていたと言えばよいのに、誤魔化しよる。正直屋という屋号も名ばかりのよう。
ちなみにフラワーフェスティバル、フラワーなるものは平和記念公園にちょこっとあるのみであとは平和通にずらーっと露店が並んでいるだけのよう。それなのに凄い人ごみで、この人たちは花を見に来ているわけじゃないらしい。
と、一日目はここまで。
北海道旅行
から先程帰ってきました。
旅行のスケジュールはこんな感じでした。
一日目
12時の岡山発の飛行機に乗り、2時ごろ千歳空港に到着。
電車で札幌へ4時前に着く。
歩いて時計台と旧道議場を回りつつ、ホテルへ5時前にチェックイン。
荷物を置いて地下鉄に乗ってHTB(どうでしょうをやってるテレビ局)を見に行き、高台公園に訪れる。
6時過ぎ、再び戻ってきて、ふらふらしながら7時ごろ夕飯。
夜のテレビ塔に行って夜景を見て、9時ごろホテルに帰る。
二日目
朝、二条市場を散歩し、JR駅へ。
9時過ぎ電車に乗って、小樽へ10時半ごろ着く。
3時過ぎごろまで、小樽をふらふらし、4時ごろ札幌へ帰る。
今日の劇の公園は5時から開場なので、仕方なく、近くをふらふら。
6時、道新ホールにてナックスの公演を見る。
9時過ぎ終わり、その足でジンギスカンを食べたよ!!おいしかった。
三日目
朝少しゆっくりめに仕度し、10時ごろチェックアウト。
ぶらぶらと午前中時間を潰し、スープカレーを食べて空港へ。
2時45分発の飛行機で岡山に帰りました。
いやー北海道良かった。ナックスの公演は最高に楽しく是非次回も見に行きたい。
彼らが益々好きになりました。
しかし、この旅で思わぬ副産物を貰ってしまった。
二日目の朝、トイレでiモードを見ていたら、いつの間にか痔になってしまった。
特に踏ん張っても、出してもいなかったのになぜ…。
きっと疲れてたんだね身体が。
写真は別にマイフォトでアップします。
日曜に高松行きました。
金曜日、相方が「この連休のいいこと思いついた」とほくそえんだ。
しかし、聞いてもなかなか教えてくれない。
土曜の夕方やっと教えてくれた。
「高松に行って、映画を見る」
なそうだ。泊まりで行くんかと思ったけど、やっぱり日帰り。
ということで、当日の朝は9時に起きた。
起きてびっくり、雪が待っていたよ。
11時2分発の電車が3分ほど遅れた。
上りの電車が雪と強風のせいで瀬戸大橋を徐行した模様。
予定より5分送れて高松駅に到着。12時25分。
岡山とは打って変わって、雪の気配なし。この時は晴れていた。
駅のロータリー近くのうどん屋さん「一味○○」でまずは昼食。
駅の本屋さんで調べて日曜でもやってるとこを調べたらここだった。
味は良し。値段良し(掛け小\150 文句無し!)
でもここあんまり地図とかに載ってない。
うどん専門のサイトにもあんまり載ってない。
でも美味しかったよ。おでんも美味しかった。
えー、この日のメインは映画「鉄コン筋クリート」を見ること。
開演時間は16時55分。
うどん食べ終わったのが1時前。……。
暇なので、高松の商店街をぶらぶら。
喫茶に1時間かけ、それでも暇で、本屋で立ち読み。
高松に何しに来たんだろう。
でも仕方ない。
その「鉄コン筋クリート」は岡山では倉敷でしかしていない。
ちなみに映画の感想は、面白かった。
見る甲斐はあると思う。
独特の世界観は受け入れられる人とダメな人がいそうだけど。
映画の後はお楽しみの「一鶴」
いやー旨い。今回は親を食べました。
物凄い時間を掛けて食べた。それこそ1時間。
相方は30分もかからずに食べてたので暇そうでした。
店を出たのが8時過ぎ。
ちょっと港に行ってみようと相方が珍しく言うのでついて行ってみたけど、どうも方向が90度違う。
案の定よく分からないところに行ってしまい、よく分からない漁港に着いた。
「ここに来たかったんだよ」と強がりを言う相方。
ぴゅうぴゅうと海風が吹く中、駅へ歩いて向かいました。
人もいなくて寂しかった…。
何はともあれ9時43分の電車に乗ることが出来、無事帰宅したのでした。
うう、疲れました。何と翌日の夕方に筋肉痛が来ました。
商店街をうろうろ歩いただけなのに…。ショボ。
餘部鉄橋の旅
紅葉も始まり赤い鉄橋が後ろの山々と前の日本海に織り成される景色は素晴らしかった。
是非に見に行かれることをお勧めしたい。なぜなら、来年にはこの赤い鉄橋を見ることが出来なくなるからだ。残念なことだ。
この日本一高い鉄橋の説明は割愛させていただく。何しろ検索サイトで「餘部鉄橋」と入力すると約63000件もヒットする程、人気のスポット。(とりあえずここで見てhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%98%E9%83%A8%E6%A9%8B%E6%A2%81)
にしても、すごい人でした。また後日写真集をアップするけど、観光客であふれていた。駐車場も狭いので列車で行くことにしたんだけど、香住駅からいくつかの団体客が乗り合わせてきて、列車内は通勤ラッシュのごとく。車内から明治に立てられた鉄橋を感じようという趣向も見事打ち砕かれた。しかも中高年が多いからうるさいし臭い(とくに香水!つけすぎだよ)。
この餘部というところ、この町は山と山、そして海に挟まれた小さな谷あいの町である。鉄橋下に2,3軒の喫茶店とこれまた2,3軒の小さな宿がある程度で、土産物屋もコンビにもない。あるのは居住区にある小さなJAコープのみ。
素晴らしい。こんなにも頑なに観光を生活に取り入れない街はそう多くない。住民の半分が漁師の家で、半分が農家。兼業として他にやってるって感じの町だ。観光カラーに染まらないから、町は寂れた感が漂い、鉄橋を引き立ててくれている。こんなに観光客が来るのに餘部駅は開業以来無人駅を貫いている。しかも駅は鉄橋と同じ高さにあり、駅に行くには徒歩で坂道を登るしかないという。
でも、この町が観光色に染まらないのは昭和61年に起きたあの列車事故ともうすぐ架け替えられるという現実があるからなのかもしれない。観光する人々はあの列車事故のことなど考えもせずに観ている人がほとんどであろう。どこに列車が落ちたのか思い馳せる人も少なかろう。橋脚したの菩薩にどれくらいの人が目を向け、手を合わせるだろうか。犠牲者の殆んどがその町の住人だったという事実が橋を食い物にすることができないのかもしれない。
私は橋が架け替えられる前に、どうしても行きたかった。鉄橋の存在を知ってからどうしても生で見てみたかった。そして、あの事故のとき犠牲となった人々の心情をリンクして感じてみたかった。車掌はどういう気持で何を見ながら列車と共に落ちていったのか。カニ工場のおばさんたちはどんな面持ちで上から落ちてきた車両の下敷きになったのか想像してみたかった。
十数年たった今、カニ工場の面影はどこにもなく、事故を連想できる痕は何も残っていない。それでもそこには鉄橋があり、彼らの思いは残っていたように思う。まあそれは私の感性だからどうとでも言えるけど…。
とりあえず、3時間の滞在だったけど、それなりに楽しむことが出来た。もう一度見れる機会がくればいいのだけれど。
日本一周の旅―2日目―
朝は8時ごろ目が覚めた。
案の定、体のあちこちが痛い。特に腰が…。
昨日は疲れすぎてて、相方にマッサージしてもらえなかった。というかそんなことも忘れて寝てしまっていた。
さあ、仕度を整えホテルを9時前に出発!駅中のUCCカフェで朝食を取り、本当の出発をしたのは10時前だった。駅でトイレに行こうとしたら、おばさん団体が列をなして並んでたので、あきらめたため、途中のハッピーストアでトイレ休憩を取った。
2号線も旧二号線もそうだけど、自転車・歩行者に冷たい。日本全国の道路に言えるのだが、自転車歩行者に優しいのは都市郊内だけである。何というか突然歩道は無くなるし、こんな道走れるかっていうほど歩道が狭かったり、なんとかして欲しいものだ。あまりにも車中心に作られすぎていて、自転車が歩道があるのに歩道を走らないというのも仕方がないと思う。だって無理だもん。走れないんだから。車道はきれいに舗装されてるというのに。
昨日と違って今日の天気は快晴。少し暑いぐらいだ。でも午前中はまだ空気も冷たくてとても走りやすかった。ほとんど休憩ないし一気に進むことができ、尾道に着いたのは11時半。
少し早すぎた感がある。実は今日の目標地は尾道にしていたのだが、以外に早く着いてしまった。仕方がないので、今まで一度もしていなかった尾道観光を1時間くらいかけてやることに。暑い日差しの中、階段を上ったり降りたりして、尾道独特の風情を楽しんだ。 この日は尾道駅前でイベントをやっており、飲食のテントがずらりと出ていたので、ここでお昼を取った。おっきなカキが2個で500円だったし、尾道ラーメンというのも450円で食べれた。どれもおいしかったなあ。
暑かったのでもお昼もそこそこに切り上げ、1時過ぎには尾道を出ることにした。こっから先はずっと海岸線を行くのでとっても眺めがよく気持ちよかった。後は歩道さえ良ければ文句なしだ。
最終的に三原に着いたのは2時半。やっぱり少し早い。でも、これ以上先に進むとしたら、次は西条あたりまで行かないと行けないので(電車の関係上)、ここでやめにした。どっちにしろもう体が疲れすぎていて、重い。ちょっとだけ三原の街を歩くことにした。
しかし、歩くほどではなかった。駅前の商業ビルは寂れてしまい、街の活気は東よりのジャスコ周辺に移っていってしまっていた。三原まで来てジャスコに行くというのも嫌なので、三原城を見て、早々に4時の電車で帰ることにした。自転車を輪講袋に入れていざ帰路へ。ちなみに私は自転車を組み立てることも片すこともできない。だから、相方がやるのをほんの少し手伝うだけで、後は見てるだけ。自転車の旅で一番大変なのは相方なのかもしれないな。
二日かけて来た行程を、たったの2時間で戻ってしまった。なんだか長い夢からいきなり現実に引き戻される気分だった。
それにしても疲れた。これから一生続けることができるのだろうか?
うーんそれでも旅してる間は楽しくって楽しくって仕方がなかった。また近いうちに行きたくなってしまった。
日本一周の旅へ―1日目―
この土曜日より自転車で日本一周の旅を始めた。
とは言っても何ヶ月も仕事を休んで行くわけではない。
一生という時間を掛けて、少しずつ休日を使って進んで行くのだ。
さて、今回の旅行記に入りたいと思う。
岡山の家を出たのは午前11時前。少し遅くなったが仕方がない。なんせ相方が前の晩自転車で転んで突き指をしてしまい、しょうがなく整骨院に行っていた為遅くなってしまった。
途中、宮脇書店に寄って地図を買い、旅路へと向かう。
基本的に山陽道沿いに行くことにした。山陽道といっても高速ではない。国道2号線である。しかし最近はバイパスなどができているため、自転車が通れなかったり、街中を通らなかったりと、なかなか旅には不便なので、昔からの街道である旧2号線を含む道を進むことした。それは今後も同じである。ちなみに山陽道と言っても1つしかないわけではない。新と旧がありさらに旧2号線である山陽道などがある(と思う)。まだ郡や司が中心だったころの道と幕府ができたころの道、そして車中心となった道。それぞれある。道もまた生き物で時代とともに変わるもんだと思う。しかし全部が変わっているわけじゃないと思う。ずっと昔のままの道がそのまま旧2号になっているところやその道に合流するところもあるだろうし、ぜんぜん違うところを通る道もあるだろうし。まあ、今回はとりあえず旧2号を中心に行って見た。次回は変わるかも知れないけど。
とりあえず旧2号線を進んでいくが、この日は結構な強風で、おまけに向かい風と来ているので、なかなか進んでくれない。中庄のあたりで既に12時を過ぎてしまい。ここで昼食となった。本当は倉敷あたりで取るつもりだったが、結局倉敷を通過するのは13時頃となってしまった。
県道162号線をそのまま西へ進み、いつの間にか国道429号線へと変わっていてもお構いなしに西へ進み、旧金光町の手前で国道2号線に合流。この付近のサンクスで休憩を2時ごろ取る。鴨方を過ぎたあたりから、車は渋滞気味で流れが滞りがちなのを尻目に、我々は4つぐらいある峠をひいひい越え、笠岡に着いたのが3時半前。ここのミスドで30分休憩を取り、また走り始める。このころから、風向きが少しずつ変わり、広島県に入るころには追い風となっていた。どうやら神様も観念して、私たちの旅に力を分けてくれることにしたらしい。
福山駅に着いたのは5時前。とりあえず、宿探しということで駅の北側に集中しているビジネスホテル街へ。どれがいいかよく分かんなかったので、適当に「ステーションインホテル」というやつにした。ツインは満室だったが、ダブルで6500円。まあまあ安い。とりあえず。ここに決めて街へぶらぶら。
夕食は天満屋近くにある「夢笛楼(ムテキロウ)」。ここはサービスがとっても良かった。味もいいけど、スタッフがものすごい気配りで、すごく感じよかった。また行きたいと思う良い店だった。しかし、福山という街はどうも夜はまだまだ田舎の街のようで夜8時になると次々と店がシャッターを下ろし始める。開いてるのは飲食店と怪しい店だけ。まあ郊外のSCは別かもしれないが、駅周りはすっかり暗くなってしまうので、私たちも仕方なくホテルに戻ることとなってしまった。まあ、結構疲れてたから私たちも即行寝てしまったが…。
つづく
タイ旅行2005
2005年11月5日から11月11日までの7日間、タイに旅行しました。沢山の写真と資料を取っておいたので、せっかくだからここで旅行記を書こうかと思います。ガイドブックに載っていないことを中心に書こうかと思います。この旅行はスコータイとバンコクが中心です。かなり少しずつ書くつもりなので長い目で見てください。
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