まいふぇいばりっとしんぐす

秋は何かとメランコリーな季節maple

でも何かしら興味がないと、日々を過ごすのが難しい。

初夏辺りから、空にある絵を見つけることが気に入っているheart01

雲とオゾン層と太陽が織り成す絵画。

絵のような空を見ると何だか心が表れる。

特に雨上がりの空。雲に覆われた空から垣間見えるスカイブルー。気圧の変化で色が段々薄くなっているところもあれば、青い空と白い雲が混ざり合い、きれいなマーブルが出来てるところもあったり。

空一面じゃないけど、所々に絵のように美しい空がある。

意味も無くブルーになってた心や仕事で疲れた精神が癒されてるspa

もし私に絵心があれば、空からあの絵を切り取って、この手に納めて見たいんだけど、悲しいことに私にはこれっぽっちの絵心もありゃしない…weep

写真の腕も機械も無いので、ただ、じっと見てるだけだ。

風によって次第に移り行く空の絵画をいつまでも見つめていたい今日この頃。

芸術の秋、空の芸術で心も芸術で満たしたいapple

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7日は裏豪渓

最近、「退屈病」が再発し、何をやっても満足しない。

少林寺は楽しいけど、練習が終わってしまうとなぜか虚しくなってしまう。

これは少々ヤバイ精神状態ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

週末が待ち遠しいというのに、いざ週末になっても何もする気にならない。

こんな感じで家に居てもしょうがないから、相方に付いて裏豪渓に行ってきた。

まだ少し早いけど、紅葉が始まっているmapleDscn3954

ちょっとだけ、心洗われて来ました。

でもまだ、足りません。

そうかflair、パワースポットか!!

もっとパワーのあるパワースポットは無いもんかのsign02

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10月31日は霊場参りの日

のようです。

いつもこの時期、最上稲荷の1日市に行っていたけど、今年はサイクリングがてら三谷の霊場へ。

とはいうものの、霊場とは知らず、ただ沢山お地蔵さんがある場所としか認識しておらず、何となく気になってたので、前からちゃんと見たかった場所でしかありゃんした。

つうこうとで、以下三谷霊場の様子。Dscn3925

まずは、南の参道入口。

こちら側に駐車場がある。

ここは早島街道の唯一の峠にある。道すがら等間隔に点在する地蔵たちが古くからこの道が使われていたことを意味する。

しかし今は車の往来が激しく、ゴミが散在し、古来の赴きも霊場の神聖さも損なわれている。

こんな感じで、小さな祠や地蔵が点在。

Dscn3927

Dscn3929_2

池田何某法師が開いた霊場らしい。

元々は行き倒れた人たちを供養するために作ったようです。霊場らしく、参拝順路もあるよう。ただ、参拝路は獣道の如く。

私たちは逆から入ってきてしまったので、順路に気が付かなかったんだけど、上に昇る道が分かりにくくて、順路図を見ても登り口が分からない。よーく見たら、何となく道になってるような…。昇り口を見ただけで、この先の道の状況が想像できて、上のほうに行くのを止めた。全部で43ヶ所くらいあるみたい。

Dscn3936参拝に来る人は少ないようで、供えられた水入れが転がっていたり、花が枯れていたりと、少し寂しい感じ。

Dscn3944でも、このうら寂しさが、この霊場のチャームポイントとも言えるのではないだろうか?何かの邦画に使えそうな…。

薮蚊が酷く、かなり噛まれた。痒い。

実は霊水も湧いてたみたいで、こちらの看板の方が目立っていました。

Dscn3938「天満宮霊水」という名のようです。

で、こちらが霊水。上の写真の石碑の下にある蓋を開けると霊水がありました。Dscn3937

うーん虫がいる。あまり飲みたくないなあ…。

てか、湧いてんの?

微妙な霊水でした。

最後、一番お気に入りの写真を一枚。

Dscn3941 良い雰囲気をだしてます。

霊場って感じするsign02

こちらが正規の入口側になります。

入口側は木立ちの中にあって、霊場らしい趣を持っていた。私らが入ってきた南の入口側は切りだった場所ながら、日当たりが良くて、畑の中の地蔵たちのように、穏やかである。

ここはとっても庶民的民俗的な霊場です。

神聖度は民俗レベル。

まあ、場は乱れていないが、四国のような修行には向かんかな。

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できたよ!!袋

やっと昨日出来上がった「杖袋」shineDscn3922

1ヶ月弱かかったぞsweat02

総額500円くらいだろうか?+私の努力(プライスレスdollar

月初めの繊維祭で買ったデニム生地は、デニム用だけあって分厚い。

お陰で、ミシンが思うように縫ってくれず、苦労した。

あと、デザインと細部にこだわったため、更に時間がかかってしまった…sweat01Dscn3923

デザインは写真のように所々桃色が見えるようにし、細部ではこいつを肩に掛けれるように紐をつけてみた。

これで自転車bicycleにも乗れるはず。

そういうわけで、11月の練習から新しい杖袋お目見えですheart04

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あなたは決してサイトを間違えたわけではありません。

まあ、いわゆるサプライズですw(゚o゚)w

さて、今朝は寝坊した。相方のmobilephone目覚ましがなり、気が付けば7時50分sign03

2度寝後起きる時間まで寝てしまったsleepy 二人とも。

原因は私のmobilephoneがマナーモードになってた為、モリーダーの声が出なかった。大声持ちの森崎も、ウィスパーでは実力発揮出来なかった模様。

けれども、お陰でまたもや印象的な夢(´△`)Zzzz・・・。o○を見ることができた。

 最初夢は、実家で私が妹と部屋に何やら(これがわからない)しており、何となく台所に行き、食いもんを物色してたんだけど、夢特有の現象らしく、突然場面も設定も変わってしまい、違う場所へ移動。

それは大きな旅館のような、講堂のある施設のような所で、私は和室系の部屋に居た。前の夢を引き摺ってるのか、何となく妹と一緒に居た気もする。部屋には他にも人が居り、…部屋は客室というよりはもう少し公衆的な部屋…、そうこうしているうちに部屋が揺れ出し、建物全体が揺れ出した。

揺れは収まるものの、次第に危機的な空気に変わり、近くで遊んでいた子供たちの中の一人の女の子が

「何か来る!!私には分かる…」

と周囲の子達に告げた。他の子達もその言葉で更に不安になった。彼女が発して直ぐ、子供らがいた所周辺の床が崩れはじめ、子供たちは次々に瓦礫に飲まれていった。側に居た、老婆が我が孫を助けようと落ちていく子供に手を伸ばすも、老婆も危うく飲み込まれそうになる。後にいた大人が老婆を羽交い絞めにして、何とか難を逃れた。

 同時刻、隣の講堂に居た相方含めた男たちが何やら座って雑談か講座なるものかをしていたが、例の揺れによって、床が崩れ、相方ともども落ちていった。

 子供たちが飲み込まれた瓦礫の奥を覗くと、子供たちはまだ生きているようだった。そのことを周囲の大人たちに告げ、力を合わせて、瓦礫を取り除き、子供たちを救出した。

 私は相方が心配になり、隣の講堂へ向った。案の定そこに居た人たちの殆んどが落ちて、消えてしまっていた。私は残った人たちと共に瓦礫を取り除きながら、落ちていった人たちを助けた。相方も無事助け出し、とても安堵した。

 とりあえずの救出で、冷静になった私は、この揺れの原因を探ろうと色々調べた。しかし、この建物周辺の、この建物の土地以外には減少が起きていないことから、私はそこに居た人たちに叫んだ。

「この土地に何か謂れは無いのですか?ここに昔何かありませんでしたか?」

それを聞いて、誰も心当たり無いようだったが、一人の老年の従業員がポツリと言った。

「そういえば昔、この建物の前は禅寺があったと聞いたことがある。」

「禅寺?でもそれだけでこんな揺れが起きるわけが無い。何か因縁が無けいと…」

そう思案していると、何か恐ろしい感覚が近付いてきた。予感というものか?

その恐ろしさは的中し、怨念を抱く頭巾を被った僧侶たちが建物の周りを囲み、中に居る我々を睨んでいる。

頭に流れ混んできた映像で、過去、ここにあった禅寺の坊さんたちは、この建物を取得した最初の先祖によって、卑劣な手段によって土地を奪われてしまったらしい。

 亡霊の僧侶たちは、この建物にいる人たちに呪いを掛け、禅の心を持つ者だけは助け、それ以外の者たちに危害を加えた。ただ、彼らも禅の僧侶だけあって、命だけは奪わなかった。

  反対の窓に近寄った私たちは、僧侶たちに出くわし、電気のような刺激の衝撃を浴びせられ、もう一度試された。

当然、私は無事である。

そんなところあたり、で相方の目覚ましclockがなり、私は現実へ戻ってきた。

  素晴らしく物語性のある夢であるな。だからこそ印象に残り、覚えていられるんだけど…。

ハロー、グッドモーニング(*^ω^*)ノ彡私はちゃんと目覚めております。

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サイクリングの効果

土曜日、サイクリングに出かけた。

10月は毎週のようにサイクリングしている。

午前中、ぐだぐだと用意をしてたら、相方が待ちきれず、機嫌が悪くなってしまった

 (*_ _)人ゴメンナサイ

お昼、うどん屋さんでうどんを食べながら、やっと行き先を決め、1時過ぎ、出発。

また安富牧場でジェラートコースbicycle

いつもながら180号線を北上してたんだけど、気まぐれに最上稲荷の鳥居の手前から、脇道に逸れてみた。

するとどうでしょうflair

城下町だけあって、そこは長ーく続く街道で、それなりに雰囲気や景観が残っている。私たちは街道模様を楽しみながら進むことが出来た。もう180号なんかよりこっちの方が楽しいくらい。

街道は足守川にぶつかるまで続き、きっとこの道の先には橋が掛かっていたんだろうと思われるも、私たちはぶつかった川を北上し、安富牧場へ向った。

いやー久々の獲物。いいものを拾った。

岡山は街道の宝庫だけど、ここまでとは思わんかったscissors

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靴下の難

最近、靴下を買ったfoot。イトゴで99円の靴下だ。

99円だけあって、やはり難はあるもの。

だけど、3足買った3足とも同じ現象では少し考えるものがある。

よく、浅めの靴下は脱げ易いものだが、私がストッキングの上から履くと、右側だけがクルクルと回るtyphoon。挙句の果てに脱げる。靴履いてても、スリッパでも同じ。((・(ェ)・;))

右側だけ…

なぜだろう…(´~`)。゜○

諸説考えた。

・足footの形が変down

・右足の歩き方が変down

・靴下の作りが甘いdash

(゚ー゚;

多分左右の歩き方が違うせいだろうなあ。

やっぱ、少しくらい高くても良い物買わないと気分も害しちゃうよねcoldsweats01

┐(´д`)┌ヤレヤレ

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鉄道の旅

 10月11日。津山へ旅した。

メインは「美作河井駅」にある転車台。

サブメインは津山名物B級グルメ「ホルモンうどん」。

前日、考えあぐねた結果、電車で行くことに。

9時44分岡山発の津山線「快速ことぶき」trainに乗り、2時間半の旅。単線の側を国道53号線が現われたり消えたりする。いつもは車から列車を眺めるのに、今日は逆の風景。いつもと違って面白い。

列車は快速なんだけど、ディーゼル車で単線でワンマンカーだ。快速なのに無人駅に止まったりもする。

単線だからすれ違いの為、駅で列車待ちすることもある。山間を走る為、急カーブに差し掛かると25km/hに落とすことも度々。ディーゼルの為、登りが少々キツイ。

そんなこんなでのんびりゆったりな旅である。

津山駅に着くとそこが津山線の終点で、因美線智頭駅行きに乗り換え何だけど、30分の連絡。駅のホームには待合の椅子があるだけで何も無い。自販機もトイレも改札内には無いのだ。

仕方なし。駅員に切符ticketを見せて外に出る。

そういえば、今月は「鉄道の日」とやらがあって、一日乗り放題の切符を売ってたなあ。でも思い出しのは津山駅で、ポスターには前日までに販売とある。昨日は夜まで悩んだからなあ…traincarに。Dscn3906_2

因美線智頭行きはスゴイshine ワンマンカーの一両列車train マニアらしき人たち3,4人が運転席付近を陣取り、カメラmoviecameraを構えてる。車両のフロントはガラス張りで、線路が露わに見え、運転席も運転手が隠さなければ丸見えだeye この車両はまるでおもちゃの列車のようで、線路脇の草が車両を叩いている。そうだな、草原を走る列車だ。Dscn3888_2

まあ、そんなこんなで河井駅で降りること12時14分。当然無人駅。 Dscn3889_2

ただ、昔は転車台があったほどに、利用率が高かったようで、剥がされたレールと閉ざされた線路が過去の繁栄を物語り、現状を嘆いている。駅舎も駅員がいた頃の建物のままだ。

 転車台はホームから見えるところにあるんだけど、そこへの行き方が分からない…。とりあえず、線路を突っ切って強行突破。駅よりrun1分。Dscn3836

転車台は静かに虚しく、寂しく佇んでいた。これ以外に駅には何も無い。

唯一その裏に「若宮神社」が堂々と森に建っているんだけど、駅に降りた人たちは誰もそちらへ進もうとしない。Dscn3842

1時間弱の帰りの列車まで時間を持て余した私たちは、若宮神社がある方へ足を伸ばしてみる。神社というか祠というような社が岩に張り付いていた。忘れられたお宮のようので、木漏れ日に揺れていた。

道は更に上に続いており、どうも山城へ向うようだったけど、帰りの列車に間に合いそうに無かったので辞めた。Dscn3864

転車台への正しい道を見つけ、帰りは正規の細道を戻った。

ホント駅周辺は民家しかない。1時間弱の滞在で充分だ。

 山谷に列車の音が鳴り響き、帰りの時が来たことを知る。

13時20分、「美作河井駅」を去り、津山駅へ向う。

 13時56分。お腹ペコペコの私たちは、降りて早速、ホルモンうどんを求め、津山の街へ繰り出す。当日は日曜だった為、営業している店が少ない。商店街近くの店では、そこに群がう観光客が行列をなしている。とても帰りの列車に間に合いそうに無い。帰り時間まで1時間以上あるというのに…coldsweats02Dscn3910

 仕方なく、パンフレットを頼りに駅前の日曜日も時々やっている店へ試しに行ってみた。おお、運良く開いていた。しかし、目印となる幟が無く、お巡りさんが二人ウロウロしている。

戸惑いながらも店に入る。店は焼肉屋さんなんだけど、津山は基本鉄板焼き。おばちゃんが目の前の鉄板でホルモンうどんを焼いてくれた。美味であるgood 一人前850円にもう一玉加えると900円になるというのでそれを二人分、つまり4玉を焼いてもらった。何たる格安。 しかし、4玉中3分の2を相方が食べてしまった。相方はビールbeerも飲んで満腹満足のようだけど、私は微妙に物足りない…。Dscn3909でも腹八分目が大事と自分に言い聞かせ我慢した。

食べてる間、お巡りさんが入ってきて、おばちゃんと幟について話始めた。どうやら悪い奴がお店の幟を寝ているうちに持っていってしまったらしい…Σ( ̄ロ ̄lll)

幟、どうすんの?津山市内じゃ使えないよね?津山市が作ってんだから。

ただ、おばちゃんとお巡りさんの会話が何とも面白い。おばちゃんは焼きうどんを作りながら、お巡りさんたちは使っていない鉄板の前に座りながら、何とも和やかに、穏やかに事件の詳細を問答してる。おばちゃんに緊迫感が全然無いもんだから、よーく聞いていないと日常会話かと思うくらい、のんびりしている。最終的に幟の色でお巡りさんとおばちゃんの意見が食い違う。おまわりさんが黄色系の幟のサイズを聞いたら、おばちゃんが「黄色じゃない、ピンクだ」と言い張り、もひとつ大きい幟を「赤だ」と言い切る。言い切られたお巡りさんは困惑。納得できず、近所の幟が取られていない店へ見に行ってしまった。

 私たちも食べ終わり、駅の方へ向ってると、さっきのお巡りさんが近所の店の幟を一生懸命調べている。

そうして私たちが近付いてきたのに気が付くと「これ、何色に見える?」と幟を指差した。一つの幟はオレンジ色を背景にピンク色と茶色の文字で「ホルモンうどん」と描かれている。もう一つのほうは茶色ベースにピンクとオレンジの文字。おばさんの言い分は否定された。

色は人によって捉え方が変わるものかもしれないねえ…sweat02

 帰りの列車まで時間が小1時間あったから、街をブラブラした。でもこれが仇になった。

天満屋でアイスを食べ、お土産を見ている頃には3時半を過ぎていた…。出発は3時44分だ。

モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

私たちは走ったrun

近いと思ってた道のりが遠く感じられ、運動不足の私の太股が段々上がらなくなっていく。

何とか間に合った私たちは激しく揺れる帰りの快速「ことぶき」に酔いながら、疲れた身体をシートにうずめた。

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心地良い筋肉痛

火曜の診察を最後に通院が終わり、医師からも日常生活に戻っても良いというお墨付きを貰ったscissorsので、昨日半月振りに少林寺へ行った。

いやー半月行かないだけで、筋肉は落ちるようだ。今朝目覚めて腕や太股が痛いsad

昨日は張り切りすぎて、かなり気合を入れたから、余計に力入ったかも…。

たった半月休んだだけで、かなり休んだ気がしてしまう。実際には連休もあったし、週一ペースで来る人に取ってみれば、それほど大した期間じゃないようだけど、それまで大体、週3回行っていた私にしてみれば、何だかスゴク休んだ気がする…。

今週の土曜はまたもや結婚式だから行けないけど、来週からは今までのペースを取り戻す如くガンガン行こうrockdash

 妊娠して、思い知ったことは意外と私は少林寺にどっぷり浸かってしまってるってこと。これから一年近く少林寺ができないんだと思うと、何だか悲しくなってしまった。年齢的にもう若くはないわけで、この一年は結構なブランクだと思うんだよね。技は忘れるし、筋肉は落ちるし、メンバーも多少入れ替わるだろうし…。私は休みに入ったら、錫杖を持って帰って、一人で基本練習をしようと本当に思ってた。お腹が大きくなって邪魔になるまで。マジで。それくらい、少林寺を休んでしまうことが残念だった。

女性が子供を産みたがらない理由を、ホントしみじみと実感した期間であった。友人に国体選手がいるけど、彼女(既婚者)が子供を作ろうとしない気持ちがマジで理解できた。そりゃ産めないわ。谷選手ほど周りがサポートしてくれる環境なんてそうそうないわけで、しかも周囲の大人たちが理解してくれるほど、世間は既婚女性の社会活動に好意的ではない。

 少林寺とて、今だ男性寄りの考え方だ。現在の総裁は女性だというのに…。その証拠に女性の道院長なぞ殆んどいないだろう。精々副道院長までだろう。

 夫に理解があるだけましな方だろうな…sweat02

 ま、そんなお堅い話は良いとして、私ゃ久し振りの少林寺の練習が楽しくてしょうがなかった。少年指導の時、下段返しと払い受蹴りを間違えて教えてしまうという、相変わらずのダメップリ指導もしてしまったけど、まあ、それも良しとして…ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

 来週から張り切って頑張るぞscissors (何とか相方の尻を叩きながら…)

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おさらばよ

これにてしばらくこのカテゴリーともおさらばです

サヨーナラー(_´Д`)ノ~~

 本日を持ってこの1か月半苦しんできたつわりとおさらばした。

更に言えば、お腹に居た嬰児ともさよならです。

昨日の前処置の段階でも、やはり入れ物ばかりが大きくなっていて、あるべき塊がそこにはなかった…weep

私は前回の時にさっぱり諦めていたけど、相方は一縷の希望を持っていたようで、がっかりしていた_| ̄|○ ごめんね(ノд・。)

 何はともあれ、今日で辛かった悪阻ともお別れが何より嬉しいcoldsweats01。子供が育っていれば、辛い悪阻も耐えれただろうけど、育っていないと分かってしまえば、ただただ苦しいだけの代物。

 手術はたったの5分のもの。手術というより処置という方がしっくり来るくらい簡素なものだった。今回の病院は全身麻酔でやるところだったんだけど、(人に聞いたところでは脊髄注射の部分麻酔というのもあった)私の身体の経過を見るために、ちょっぴり意識を残す方法だった。つまり完全な眠りに就かないのだ。

これには驚いたし、辛かった。精神的にとかということじゃない。耐えれない訳じゃないけど、辛い。

身体は思うように動かないし、当然まぶたも開かず闇の中。なのに周りの音や声は聞こえるし、何より、処置の感触が身体を通して伝わってくる!!何やら金属的なものが入ってくるし、それがまた強引な拒否を許さない侵入なので、お腹が気持ち悪いやら痛いやら つД`)

でも身体の自由が利かないから、痛いとか違和感的名気持ち悪さをどうにもできない。身体も反応しない。ただただ身体から痛いとか気持ち悪いという伝達のみが送られてきて、どうしようもなかった_ノフ○ グッタリ

処置の痛みはなく、異物感の痛みの方が大きかったなあ。

 手術はあっという間に終わり、看護師さんたちが後処理をし出します。私はなされるがまま。何と下着を履かせられたり、衣服を整えられたりされるのを感じていた。そうして看護師さんにお姫様抱っこされて、ベッドに戻されていくのを感じていました。

麻酔とは恐ろしい。私はベッドの上で瞼に力が入らないから目を瞑ったまま、横にならざるをえないのだ。

そう、やっぱり耳と意識は生きているのだ。眠るわけでもなく、ただただ闇の中で休んでいるという感じだった。時折やってくる子宮の鈍痛に耐えながら、私は看護師さんたちの後片付けの音やおしゃべりの声をしばらく聞いていた。時間が経つに連れ、漸くうつらうつら(-.-)zZし始め、そのうち意識がなくなりました。

夕方、瞼が漸く開くようになったけど、身体はまだ他人の物のように重く鈍い。

家に帰ってきた今も、まだ身体は重い…pouch頭もすっきりしないし、ボーっとする。

下腹部も何だか落ち着かない。

明日には麻酔も完全に切れてることだろう。

たった5分だけど、身体に負担がかかっているんだろうし、今日は早く寝ることにする。しかし今日一日殆んど寝ている。起きてる時間の方が短い。

これも全ては代償ということだ。

とりあえず、明日から元の生活に戻ります。

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